回復期にある脊髄損傷者(頸髄損傷)の障害受容についての看護師の捉え方に関する研究

回復期にある脊髄損傷者の障害受容についての看護師の捉え方に関する研究(PDF)2010年10月15日についての考察と感想。 

まず「脊髄損傷(以下,脊損)者が経験している障害受容に焦点を当てて行った研究15)においては,自分と対等に接してくれる者との関わりや他者の些細な言動を通して,感情や自己の意味づけが揺れ動いていることが明らかとなった。このように,看護師は,自らの言動や態度が障害受容の過程に影響を及ぼし得ることを自覚するとともに,その過程を支える看護のあり方を検討していく必要があると考える。」※15) 堀田涼子, 市村久美子:脊髄損傷者である当事者が経験する障害受容に関する研究, 茨城県立病院医学雑誌, 26(2), 33-39, 2009.
とある。
ただでさえ回復期(リハビリテーション中)の脊髄損傷者(頸髄損傷者)に対する看護師の対応は超多忙を極める。
参考:国立障害者リハビリテーションセンター病院における頸髄損傷者のケア時間測定(PDF)2010年9 月24日「急性期病棟の平均ケア時間を1として、障害レベル別に対比すると、人工呼吸器を装着した頸髄損傷者は4倍から6倍、そうではない頸髄損傷者では3倍から1.3倍のケア時間が必要であることを示している。」
本来MSWが担うべき役割まで看護師に求めるのは無茶なのだ。

研究参加者(看護師)の条件が、
「①1年以内に脊損者の看護に携わった経験があること,
 ②プライマリーナースとして脊損者を受け持った経験があること,
 ③対象病棟での経験年数が3年以上」
となっている。
現実の整形外科リハビリ病棟でこの条件を満たす看護師さんはかなりの少数派ではないかと思われる。

研究参加者にリハビリ病棟の経験が3年で脊損者のプライマリーナース経験が30人なんてあり得るのだろうか?
脊損専門病棟でさえ4~5年で20名である。

考察で「理想的な障害受容像」なんて語句を使用してる時点で残念だ。
そんな概念は「神」と同じで存在しない。
個人個人のケースが存在しているだけで「理想的」なんてモデル化を考えるのは間違えている。

「受容の評価は主観的なもの」「回復期は受容過程の通過点」と答えた看護師さん、あなたはりっぱです!その通りです!
結語は看護師さんたちは頸髄損傷者・脊髄損傷者の良き理解者とうかがい知れるので全文を引用する。

「Ⅵ.結語
回復期にある脊損者の障害受容についての看護師の捉え方を検討した結果,13のカテゴリーが導き出された。看護師は障害受容を,
【障害とその影響についての認知】が深まっていく中で,
【自己から周囲への関心の拡がり】
【過去から現在への視点の切り替え】
【マイナス思考からプラス思考への転換】
【自己の容認】
【生活の再構築】などの変化を経て,
【新たな価値観の確立】がなされていくといった,長いスパンの中に位置づけて捉えていた。しかし一方で,
【非現実的な希望への固執による受容の困難さ】
【受容は不可能】
【期待と諦めとの間で葛藤し続ける過程】といった,障害を受容することは困難もしくは不可能であるとする捉え方や,
【受容の評価の困難さ】
【受容の評価は主観的なもの】
【回復期は受容過程の通過点】といった看護師が障害受容の可否を評価することへの困難さや疑問を抱くなど,様々な角度から障害受容を捉えていることが示唆された。」

障害受容の教科書は時代遅れなので、
まず、頸髄損傷者、脊髄損傷者当事者と看護師さんの現場の声を傾聴してください。


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