奄美群島、非暴力貫いた復帰から60年 地元で祝う集い

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奄美群島、非暴力貫いた復帰から60年 地元で祝う集い:朝日新聞デジタルより 
奄美群島、非暴力貫いた復帰から60年 地元で祝う集い
2013年12月25日14時59分

奄美市街地を見下ろす「おがみ山」の復帰記念広場で集会が開かれ、参加者たちが「日本復帰の歌」を歌って、節目の年を祝った=25日午前11時、鹿児島県奄美市、藤脇正真撮影

 【伊藤宏樹、石塚翔子】鹿児島県・奄美群島は25日、米軍統治を脱して日本に復帰してから60年を迎えた。奄美市中心部を見下ろす「おがみ山」では、非暴力を貫いた復帰運動を振り返り、復帰を祝う集いが開かれた。

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 当時の復帰運動の継承活動をする市民団体などが主催。運動を率いた名瀬市(現奄美市)の元市長、故泉芳朗(ほうろう)氏(1905~59)の胸像前に、運動に関わった人や主催団体メンバーら約50人が集まり、献花した。

 詩人でもあった泉氏は、集団断食や署名などの運動の中心となった奄美大島日本復帰協議会の議長を務め、「復帰の父」と呼ばれる。泉氏の秘書役だった楠田豊春さん(90)は集いで「60年前の今日、奄美は平和的な手段で復帰を果たした。この喜びを忘れず、後輩たちにも伝えていきたい」と述べた。運動の中心メンバーの一人、崎田実芳さん(85)は「我々は運動を伝えるだけでなく、これからの島づくりを考えなければならない」と訴えた。

 奄美群島は戦後、日本本土から切り離され米軍統治下に置かれた。52年4月、サンフランシスコ講和条約の発効で連合国による本土の占領が終わっても、沖縄、小笠原諸島とともに米軍の統治が続いた。

 本土との物流が途絶えたことなどで食糧難も深刻化し、復帰運動が各島で拡大。復帰を求める署名は、14歳以上の群島民の99・8%にあたる約14万人分が集まり、53年12月25日に復帰を果たした。

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