但大震災から87年 豊岡で追悼行事や防災訓練

福井の原発の比較的近くで震災(大地震)が発生していたんだ。
最近でも能登で地震があったし東南海より若狭湾の方が危ない気がする。
神戸新聞|但馬|北但大震災から87年 豊岡で追悼行事や防災訓練 
神戸新聞より
但大震災から87年 豊岡で追悼行事や防災訓練 

 震源に近い同市田結では早朝、住民約20人が地元の八坂神社に集合。同地区の犠牲者7人を追悼し、地震や火事が起きないように祈願する「お千度さん」を行った。住民たちは「防火祈願」などと書かれた竹札を手に、ほこらの周囲を歩き、1周ごとに1枚ずつ箱に入れて計千枚奉納した。

 同地区は当時、約80戸の大半が倒壊。下敷きになった人もいたが、住民たちは救出よりも消火活動を優先し、大規模な火災を食い止めたと語り継がれている。大嶋聰区長(57)は住民たちに、「当時は揺れを感じる前に大砲のような音が断続的に聞こえてきたそうです。家族で災害の備えを考える日にしてほしい」と呼び掛けた。

 一方、同市内の小学校などで防災訓練があった。北但大震災では火災による大きな被害があったことから、消火訓練を実施。また、東日本大震災の教訓から海に近い学校では、津波を想定した避難訓練もした。

 城崎小学校(同市城崎町湯島)では、全校生徒約160人と城崎消防団約90人が合同で訓練を実施した。午前9時45分ごろに大きな地震が発生したとの想定。授業中だった児童は先生や消防団員らに誘導されながら校庭へ避難し、津波も予想されるとして、さらに裏山を駆け上った。

 一連の避難行動の後、消防署員の指導で子どもらも消火器の使用方法を学んだ。「火災を見つけたらまずは大人に伝えて」「やむを得なければ、風上から消火器を使って」と注意を受け、燃えさかる炎を消していた。

 最後に城崎消防団の西浦博団長(63)が「祖母は家の下敷きになったものの、火が回ってくる直前に近所の人に助けられた」など、親族から聞いた震災当日の様子を子どもたちに語った。(若林幹夫、長嶺麻子)

(2012/05/24 09:15)

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