アイヌ文化は蝦夷文化を継承している

民族・文化の多様性が日本を救う。琉球、アイヌまた地域の文化を守ることこそがグローバル社会なのだ。
中日新聞アイヌの文化 伝え続ける ドキュメンタリー映画出演 浦川治造さんを訪ねて暮らし(CHUNICHI Web) 
中日新聞より
アイヌの文化 伝え続ける ドキュメンタリー映画出演 浦川治造さんを訪ねて
2011年12月26日

 関東地方の里山に、アイヌ民族のエカシ(長老)がいる。森羅万象のカムイ(神)に感謝し、先人の知恵を受け継いで生きてきた浦川治造さん(73)だ。自身のドキュメンタリー映画「カムイと生きる」の完成を機に、千葉県君津市のアイヌ文化伝承施設「カムイミンタラ」に暮らす浦川さんを訪ねた。 (発知恵理子)

 都心から車で一時間半。畑や森が広がる静かな集落にカムイミンタラはある。アイヌ語で神々の遊ぶ庭を意味する集いの場で、六年前、浦川さんが重機を操り、廃材を使って一から造り上げた。北米先住民との交流会、季節の祭り、相撲大会などのイベントも開く。

 母屋の前で、浦川さんがたたずんでいた。大柄で指は太く、彫りの深い顔には白く長いひげをたくわえている。辺りを見回し「こっちにもシカやイノシシはいるけど、(食べても)うまくないんだよ」とぽつり。口数は少ないが、時折、冗談を言っては豪快に笑う。

 北海道浦河町に生まれ、六人きょうだいの五番目。家は貧しく、幼いころから畑作やコンブ採りなど親の仕事を手伝った。「冬しか学校に行かなかったから、字は書けないんだ」と言う。一方で「鉄砲を担いで学校に行き、帰りに小鳥を撃って食べた」「鹿を素手で捕まえた」など昔の話をとつとつと話した。

 狩猟民族のアイヌは、獲物を捕る時や木を切る時など、必ず神に感謝する儀式、カムイノミをする。カムイは動植物や自然現象などあらゆるものに宿ると考え、常に自然と対話し、共存してきた。

 中学卒業後、地元で山仕事や土建業をして生計を立ててきた。結婚して二人の娘を授かり「食うのに必死。木を切っちゃいかんとか言ってられなかった」と振り返る。四十二歳の時に父春松さんが亡くなり、跡を継ぐ儀式をすると、アイヌであることへの思いが一層強くなった。

 「親は俺たちをアイヌとして育てていないし、何も教えなかった」と浦川さん。明治時代にアイヌ語や収入源の狩猟が禁止され、日本人として生き、農耕を強要された歴史がある。だが「親の見よう見まねで覚えていくものだから」と、アイヌの生き方は心身に染み付いていた。

 妻の病気や事業の不振が重なり、四十五歳で上京。持ち前の力強さで解体業を起こし、後に家族を呼び寄せた。実直な人柄やアイヌ文化を大切にする姿に支援者が集まり、首都圏に住むアイヌの中心的存在となった。

 自然に囲まれた場所で、常にカムイとともにいる浦川さん。「木を切ったら植える。植えっぱなしにしないで切る。何でも採りすぎないで、普通にやればいいんだ。きちっと守っていたら、不自由はしないよ」。アイヌの知恵を伝え続ける。

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