【寄稿】手話言語条例がもたらす「日本手話」消滅の危機 森壮也・元日本手話学会会長

【寄稿】手話言語条例がもたらす「日本手話」消滅の危機 森壮也・元日本手話学会会長:東京新聞 TOKYO Webより

【寄稿】手話言語条例がもたらす「日本手話」消滅の危機 森壮也・元日本手話学会会長
2022年7月15日 12時00分

 6月に「東京都手話言語条例」が制定された。しかしこうした条例を巡っては、いくつかの大きな問題が存在する。そのひとつ、手話という語が何を指すのかについて言語学的な立場からの議論を紹介しよう。
 手話言語条例 ろう者の全国団体「全日本ろうあ連盟」が2010年から、手話言語法、手話言語条例の制定運動を進めており、同連盟のモデル案を元に多くの条例が作られている。同連盟ウェブサイトによると7月11日現在の制定数は、34都道府県を含む456自治体。
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◆「全員共通の手話がある」という誤解
 都条例では、他の地域の条例と同様、前文や第一条で「ろう者、難聴者、中途失聴者など手話を必要とする者の意思疎通を行う権利が尊重され」と明言されている。素直に読むと、ここで言う「手話」とは、ろう者、難聴者、中途失聴者などが用いているもののことである。
 また、同時に前文や第一条、第二条では「手話は、(中略)独自の文法をもつ一つの言語」とある。この「独自」とは、これも素直に読めば、日本語とは異なるという意味であろう。
 しかし、手話と言う時、ろう者、難聴者、中途失聴者という医学的な基準で聴覚に障害があるとされている人たち全員が共通で使う言語があるのかというと、そうではない。
◆「手指日本語」と「日本手話」
 幼少時から獲得した言語が日本語であるか、成人時までに日常で用いていた言語が日本語であったケースでは、日本語の文法をベースとした手話、学術用語では「手指日本語」と呼ばれるものの様々さまざまな変種を用いている場合が多い。
 逆に幼少時から手話環境にあるか、または成人時まで聴力に依存しないコミュニケーション状況にあったケースでは、日本語とは異なる手話の文法を獲得しているケースも多い。そして日本語の文法と手話の文法とは、基本語順こそ、主語―目的語―動詞と同じだが、疑問詞の位置、動詞の変化形、主語の文末での指差ゆびさしによる提示など多くの点で異なっている。非手指動作と呼ばれる顔の表情の文法利用や談話の構成の仕方も違えば、手話を構成する最小単位である手話の音素の分布の仕方も違う。手話のネィティブ話者は、そうした違いをすぐに見つけることができる。言語学では、日本語と異なる後者を「日本手話」と呼ぶ。

【解説】001 あなたのようになりたいです – YouTube
 上記の動画に登場する語彙ごいと語順
 音声日本語 あなたのようになりたいです
 手指日本語 あなた 似てる なる ~したい です
 日本手話  私 同じ なる ~したい PT1(文末指さし)

◆条例が見落としている両言語の違い
 現実の言語使用では、手指日本語と日本手話という両極の間に両者が様々な形で混淆こんこうした多くのバリエーションがあるが、手指日本語と日本手話の間の区別もまた厳然として存在する。両者に共通しているのは、手指を用いるというモーダリティ(伝達形式)だけであり、各々おのおのが拠よって立つコード(文法形式)は異なっているのである。
 言語として同一かと問われれば、同じ音声聴覚モーダリティを持つフランス語と日本語を私たちが別言語と言うように、異なる言語と答えることになる。こうした言語の違いが東京都のみならず多くの手話言語条例では認識されておらず、手指視覚モーダリティの側面のみが取り上げられている。

◆隅に追いやられる日本手話
 手話言語条例が拡ひろがることは、果たして良いことなのか。むしろマジョリティの日本語からの消滅の圧力にさらされている日本手話にとっては、音声日本語からの圧力に加えて、手指視覚モーダリティの日本語である手指日本語からの圧力もさらに加わることで、より危機的な状況をもたらしている。日本手話は音声と手指という二つのモーダリティの日本語圧力にさらされているのだ。手が動きさえすれば手話なのだという安易な理解が拡がると、独自の文法を持つ日本手話はどんどん隅に追いやられる。「手指視覚モーダリティ言語条例」ならば日本手話も守られるのだと、大は小を兼ねるかのような議論は、こと手話に関しては通用しない。
 現状の手話言語条例によっては、手話の消滅リスクが増大しかねないと、手話を言語学的に研究する立場からは大きな危機感を抱かざるを得ない。


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