墨家思想は中国大乗仏教に継承されて仏教社会福祉が展開された 古代妄想

墨家思想は中国仏教に継承された。
ゆえに中国では大乗仏教における仏教社会福祉が展開された。

墨家-兼愛・非攻

兼愛・非攻に代表されるように人の平等主義であり、かつ行動原理は利他である。
思想だけに留まらずに土木技術・建築技術などに長けたテクノクラート集団であった。

行基集団

行基や後の空海は大乗仏教のインテリゲンチャでありテクノクラートだ。

行基集団は宗教集団ではなく社会インフラを構築する工人集団であったことはもはや自明であって、行基以下のリーダー層が僧侶だった。

墨家集団そのものだ。

菩薩信仰
大乗仏教の中心思想。自己を犠牲にし悟りに達して大衆を救済するのが菩薩。利他行。

春秋戦国時代の後に歴史から忽然と消えた墨家集団は仏教集団として思想・知識・技術を継承していったのだ。

中国仏教が社会福祉事業に貢献してきたことは墨家集団が大乗仏教集団に進化したと考えると腑に落ちる。

墨家について
墨子の研究

PDF 古代中国における基礎学(久 保田)

PDF 非攻」・「兼愛」に見る非戦の成り立ち―平和論の源流を辿って 子ども学科 平賀 明彦

行基の参考
PDF 角田洋子 行基論―大乗仏教自覚史の試み―より
「仏教を国家の安寧を祈る存在に矮小化しようとする国家の政策に抗し,インドから唐を経てもたらされた新しい大乗的仏教の思想がさまざまなルートを通じて当時の仏教界にもたらされていた」
「『大僧正記』には行基集団の指導部を形成する「十大弟子」・「翼従弟子」の下注に「秦氏」・「大唐氏」・「唐国氏」などの白村江戦の後に戦火を逃れて唐・新羅より渡来した僧やその氏族の名がみえる。行基はこうした渡来系集団を通じてあるいはそのネットワークを介して大乗的『瑜伽論』や利他行,菩薩行を会得できる立場にあったであろう。」
行基の師の道昭はあの玄奘の弟子だったのだから大乗仏教は自明でしょう。

中国仏教の参考
中国仏教(広済寺ホームページ)より
「インドでは原始仏教、部派仏教、初期大乗仏教(阿弥陀、初期般若、法華経など)、中期大乗仏教(中観、唯識、如来蔵)、密教と時代を経て仏教が展開したのに対して、中国では原始仏教から初期大乗仏教までが一度に伝わった。」
墨家が思想的拠り所として初期大乗仏教を取り入れた証だと妄想する。

PDF 中国仏敦社会事業の一間題-養病坊について-より
「仏敦から出た、仏敦の社会事業である、悲田養病坊は、とに角全国に設置されていたということ、各州には必ず、一ケ処ずつは設置され、それは多く寺院に設けられ、一時は廃仏によつて、それの管理は仏敦の手をはなれたが、多くは僧尼の敦化事業の一つとして、大いに活躍していたものであつた。」


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