壬申の乱は百済支援派豪族vs非支援派豪族の代理戦争 古代妄想

壬申の乱は百済支援派豪族vs非百済支援派豪族の代理戦争だった。

百済支援派は中大兄皇子(没後は大友皇子)+中臣鎌足+百済渡来人で、
非百済支援派はそれ以外の豪族が大海人皇子を担ぎ上げた。

大海人皇子が吉野に出家=非百済支援派の宣戦布告と考えると戦略が浮かび上がってくる。

白村江の戦いの後、宮を近江に遷都して百済からの難民も宮の近くに植民させてまでの手厚い支援は宗主国と属国の関係以上で利害関係を度外視している。

そんな状態なら各地の豪族はたまったもんじゃない。
白村江の戦いで兵士や物資を徴収され、自ら指揮も取らずに敗戦後は防御の山城を造らされる始末。

その上で中央官僚は百済渡来人を重用して好きにされて、挙げ句の果てに戸籍まで作られて財を搾り取ろうとすれば反乱が起こって当然である。

音義木簡は初めは百済渡来人の為の辞書として必要だったから作られたのではないだろうか。

戦国時代の関ヶ原の戦いに状況がそっくりなのが興味深い。


余談
英雄たちの選択 「“日本”を生んだ戦い 新視点!壬申の乱」 | 番組表検索結果詳細 | NHKクロニクル
毎度のことながら「新視点」らしきものが見当たらない。


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