乙巳の変(大化改新)の原因は百済支援勢力による陰謀のクーデター – 古代妄想

乙巳の変(大化改新)は百済を支援する勢力が倭に百済支援させるために画策した陰謀によるクーデターでしかない。

教科書では曽我氏が天皇をも凌ぐ勢いあって天皇をないがしろにした為に仏教支持派の曽我入鹿を神道支持派の中大兄皇子と中臣鎌足が暗殺した事件とその後の一連の政策が大化改新と習った。

しかし、乙巳の変の後の難波長柄豊崎宮への遷都から白村江の戦いへの政策は百済支援への挙国一致政策でしかない。
天皇中心の中央集権制を強固にするために外敵を想定することは政治手法としてよくあるが、大化改新はその範疇ではなくて明らかに倭国の命運を百済支援に懸けている。
だから白村江の戦い敗北後の水城の建設や近江遷都など狼狽ぶりが尋常ではない。

中大兄皇子=天智天皇が亡くなった後、壬申の乱では朝廷軍は大海人皇子=天武天皇の豪族連合軍に敗北しているので天武天皇が朝廷軍無き後に中央集権を強固にできたとも信じがたい。
天武天皇が制定した八色の姓(やくさのかばね)は功績のあった豪族を官職に就かせるための手段と考えると府に落ちる。

中大兄皇子と中臣鎌足は百済系渡来人か彼らに支持された勢力の一味であって神道どうのというのは後付けでしかなさそうだ。


関連記事Similar Posts:

カテゴリー: 古代妄想 パーマリンク