来訪神、日本各地に伝わる背景は? 民俗学者が読み解く

もっと東アジア全域を視ないと。
来訪神、日本各地に伝わる背景は? 民俗学者が読み解く:朝日新聞デジタルより
来訪神、日本各地に伝わる背景は? 民俗学者が読み解く
聞き手・上田真由美2018年12月16日16時28分

 男鹿のナマハゲなど仮面・仮装の神が家々をおとなう「来訪神」がユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産になった。登録された10の行事は東北から沖縄の離島まで広域にわたる。独特ながらも似通う風習が日本各地に伝わる背景とは。民俗学者の新谷尚紀(たかのり)・国学院大教授に読み解いてもらった。

 神は、時々、やって来る――。人々が自然の恵みをこの世のものではない力によるものだととらえていたことを学術的に「発見」したのが、民俗学者の柳田国男(1875~1962)と折口信夫(しのぶ、1887~1953)です。

 2人は1年を稲作を中心としたリズムの中でとらえた。収穫して神に供え、祈りを捧げ、霊力をつけてもらった種もみで苗を作り、田植えをする。こうした中で、太陽や水、大地、動植物が育つ自然の恵みについて、神への感謝が基本にあるのでしょう。

 神はどこかに常住常在するものではなく、祭りの機会に依(よ)り来て、終わればまた還(かえ)る。神を迎えるには「装置」が不可欠だと発見したのです。

 柳田は、神を我々の先祖が御霊(みたま)となったもので、それが子孫の世界に訪れ、豊作を願う守り神のように恵みをもたらしたり制裁をもたらしたりすると考えた。折口は、海のはるかかなたにあって富や長寿の源泉であると同時に、死と禍(わざわい)の本地でもある「常世(とこよ)」からやってくる「まれびと」ととらえました。

 いずれも、人の死と結びつけ、神は我々のコントロールの外にあり、1年のリセットのタイミングでやってきて、厄払いと同時に福を授ける意味があったと説明しました。いまでいう「来訪神」でしょう。

 こうした考えを学んだ上で私は「神はケガレ(不浄なもの)から生まれる」という仮説をたてました。馬ふんを踏むと足が速くなるとか、水死体がエビス神にまつられるとか、ケガレの価値が逆転してありがたいものになる例はたくさんあります。人間が生命活動の結果として排出するケガレを、年末年始のような節目に、やってくる厄払い役の人に背負って持って行ってもらう。ナマハゲやトシドンのほか、三重県の太神楽(だいかぐら)や愛知県の三河万歳のように、正月の訪問者は日本列島各地にバリエーションがあります。

 中でも、ナマハゲやアマメハギのように変装した興味深い形のものは、日本海側に共通しているようです。黒潮の荒い太平洋に対し、日本海側は船で行き来できたために、文化的な交流があったのかもしれません。

 日本に限りません。キリスト教やイスラム教のような「絶対の神」とは別に、ドラゴンや鎌を持った死に神がやって来るように、民間信仰レベルでは欧米にも異界から霊物がやってくるという文化はあったのではないでしょうか。

 農林漁業が基本だった生活から、社会は大きく変化しました。来訪神のような形のない文化は、先祖や先人、死者、目に見えない向こうを想像する力から形作られてきました。でも、今の地方は、働く場がなく経済的に危機に瀕(ひん)しており、来訪神の行事を続けていくのも難しいのが現実でしょう。

 外からのボランティアが支えるのも一つの手でしょう。日頃から農業の手伝いや集落の掃除や祭りに参加し、歴史や文化の価値を理解した人が、例えば「神」の役をやってみたりという形なら。伝承と変遷は表裏一体。例えば化粧というものは昔からあるけれど、今は眉毛をそったりお歯黒をしたりはしない。伝承は常に変遷を含んでいます。残していくためにも、こうでなければと決めつけず、その地域の出身でなくても、その価値を理解し担える人が増えるような工夫が必要です。

 由緒や伝統を自覚し、文化を残してきている集落には底力がある。簡単には過疎から消滅へとはならないと思います。(聞き手・上田真由美)

来訪神、全国に千以上
 文化庁によると、集落の外から神様のような異界の者が来て祝福や厄払いをする「来訪神」は、全国に千以上あるとみられる。外からきた存在であることを「可視化」するために仮面や仮装をするものも100件を超すという。文化庁の石垣悟文化財調査官は「同じものは一つとしてなく、その土地の自然や歴史を背景に、それぞれの想像力で豊かに表現している」と話す。

 ユネスコ無形文化遺産になった10の行事は、戦時中のような例外を除いて続けられてきた国の重要無形民俗文化財で、伝承者養成や記録作りなどで保護措置がとられているものだ。

 「甑島(こしきじま)のトシドン」(鹿児島県薩摩川内市)は2009年に先駆けて無形文化遺産に登録された。「男鹿のナマハゲ」(秋田県男鹿市)も11年に登録を目指したが、トシドンとの類似を理由に認められなかった。無形文化遺産の数が増え、同分野での単独登録は難しくなったことから、文化庁はトシドンと同様に仮面・仮装のものを「来訪神」としてまとめる形で推薦し、一括での登録を果たした。

 東北と北陸の4件は、囲炉裏に長くあたっていると手足にでき、怠け者の表れとされる「火だこ」に由来するところも似ている。

 火だこを「ナモミ」と呼ぶ男鹿市では、ナモミをはぎ取ってしまい怠惰を戒める「ナモミはぎ」から変化して「ナマハゲ」と呼ばれるようになったとされる。「吉浜のスネカ」(岩手県大船渡市)、「遊佐の小正月行事」(山形県遊佐町)のアマハゲ、「能登のアマメハギ」(石川県輪島市・能登町)も同様だ。

 石垣調査官は「なぜ共通するのかはわからない」と話す。ただ、根底には稲作を中心とした1年のサイクルがあると考えられる。一方、登録対象にはなっていないが、沖縄・石垣島には「先祖」が訪れてこの土地で五穀を育ててきた来歴を語る来訪神の行事があり、沖縄や鹿児島の離島の行事は、元々はコメに限らず五穀豊穣(ほうじょう)を祈る節目だった可能性もあるという。



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