旧石器時代の日本列島が世界の最先端だったことは無かった

第5回 実は世界の最先端だった旧石器時代の日本列島 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト3ページ目より

「──長野県あたりでよく出てくる、砥石ですとか、刃の先を磨いた石斧(せきふ)があるんですが、こういう磨製の技術って、新石器時代になってから世界各地に普及するんです。日本のものは、オーストラリアと並んで世界最古級なんですね。日本で発明されたのか、大陸にもともと起源があるのか、まだわからないんですけど、この遺跡で出たものを見ると、もうバリバリ研いでますからね」

アジアにおけるホモ・サピエンス定着プロセスの地理的編年的枠組み構築(PDF 2018年)より

『旧石器時代、刃部磨製石斧の分布と年代—モビウスライン東の石器
4.まとめと課題

 日本とオーストラリアの3万年前以前に遡る刃部磨製石斧について、データの質・量に大きく差があるので、定量的な比較は難しいが、以下の類似点や相違点があげられる。
 類似点としては、両者ともホモ・サピエンスが海を渡って進出した直後に磨製の技術を用いた刃部磨製石斧を製作・使用している点があげられる。隣接地域には同様の石器がみられず、新たな土地で技術革新が起こったと考えられる。また、刃部磨製石斧以外の剥片石器に定型的な石器が乏しい点も共通している。
 相違点としては、この新しい技術の伝播・拡散の様相があげられる。日本ではごく短期間に本州島全域に拡散し、3万2千年前頃には消えてしまうが、オーストラリアでは完新世に至るまで、継続し、その分布地域を時間とともに徐々に広げていくように見える点である。ただし、本州島とサフル大陸では全く広さが異なるので、単純な比較はできないであろう。また、今回は3万年前を遡る刃部磨製石斧に関わるデータのみの検討である。オーストラリアにおける刃部磨製石斧の変遷(伝播・拡散の様相)を検討するには、当該地域の旧石器時代全体の様相から見直す必要がある。
 近年のオーストラリアの5万年を遡る刃部磨製石斧の年代は、その技術革新の起こった年代が日本よりも明らかに古くさかのぼることを示唆している。日本ではより古い資料が今後発見される可能性がないとは言えないが、刃部磨製石斧の出現の頃、3万8千年前を境に遺跡数が爆発的に増加していることは確実で、それ以前の遺跡から同様の石器群が発見される可能性はほとんどないといえるだろう。
 年代を違えて両地域で起こったこの技術的革新は異なった地域で現代人的行動が異なった形で現れるフロンティア的な現象(門脇2013:pp. 34–35)と解釈できるのではないかと考えている。両地域とも新しい地域への移動前の石器群が共通して礫器製作と不定形剥片石器を持つ石器群(モビウスラインの東の石器群)であったため、結果として、類似した技術革新が起こったのではないだろうか。
 今回は、磨くという技術については考察の対象となっていない。しかしながら、刃部磨製石斧の最も重要な技術革新は磨くという技術である。磨く技術の起源や分布を探ることは今後の課題となるだろう。』

オーストラリアは5万年前からなので日本列島が「最先端だった」なんておこがましい。
また3万2千年前頃以降は日本列島から消えているということは旧石器時代に日本列島に住んでいた人類と縄文時代の人類に連続性はなさそう。

極東における土器出現の年代と初期の用途(PDF)


土器も日本列島の独自でもないらしい。


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