奈良の箸墓古墳 被葬者は岡山ゆかり カギ握る埴輪の祖先

奈良の箸墓古墳 被葬者は岡山出身?カギ握る埴輪の祖先:朝日新聞デジタルより
奈良の箸墓古墳 被葬者は岡山出身?カギ握る埴輪の祖先
2018年8月27日10時09分

奈良県橿原市の弁天塚古墳で出土した宮山系特殊器台。裾の広がった脚部が残っている(奈良県立橿原考古学研究所付属博物館提供)

 奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳(全長約280メートル)は、3世紀中ごろ、最初に築かれた大型の前方後円墳だとみられています。このころの倭(わ、日本列島)について記した中国の歴史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に登場する女王・卑弥呼(ひみこ)の墓の有力な候補地としても知られています。

 この古墳でみつかった特殊な土器が、吉備(きび、現在の岡山県)の複数の地域の工人によってつくられたと考える新説を、最近、春成秀爾(はるなりひでじ)・国立歴史民俗博物館名誉教授(考古学)が発表しました。箸墓古墳に葬られた人物(被葬者〈ひそうしゃ〉)が、吉備と強い結びつきをもっていた可能性をうかがわせる研究成果です。

 吉備では弥生時代後半、儀式の際に使われる壺(つぼ)などを載せる「器台(きだい)」が発達し、複雑な文様を持つ高さ1メートル前後の円筒形の大きな土器がつくられました。これは「特殊器台」と呼ばれています。春成さんは1967年、師の近藤義郎・岡山大教授(故人)と連名で論文を発表し、この特殊器台が、のちの古墳時代に古墳の上に立てて並べられた「円筒埴輪(はにわ)」の原型だと考えました。岡山県倉敷市には弥生時代最大級の墳墓・楯築(たてつき)墳丘墓(全長約80メートル)がありますが、この墓でも特殊器台がみつかっています。

 その論文で春成さんらは、岡山県総社市の宮山墳墓(みややまふんぼ)群で出土した特殊器台を「宮山型」、岡山市の都月坂(とつきざか)1号墳(全長約33メートル)で出土した円筒埴輪を「都月型」と命名しました。そして、最後の特殊器台の型式である宮山型から、最初の円筒埴輪の型式である都月型へ変化したことを埴輪の誕生と位置づけ、両者の間に弥生時代と古墳時代の境界があると想定しました。

 その後、箸墓古墳を管理する宮内庁が数回にわたって、箸墓古墳でみつかった遺物を公表しましたが、その中に宮山型特殊器台と都月型円筒埴輪の両方の破片が含まれていることが判明し、箸墓古墳の被葬者と吉備との関連が注目されるようになったのです。

 近年、春成さんは67年に発表した自分の説を半世紀ぶりに再検証しようと、岡山、奈良の両県でみつかった特殊器台を調べ直し、複数の論文を執筆しました。

 まず、「宮山型」「都月型」としていた特殊器台や円筒埴輪の中にも形の変化が起きていることを見いだし、型式を細分化して「宮山系」「都月系」と総称することにしました。また、単線的に特殊器台から円筒埴輪へと変化したのではなく、その途中でも特殊器台の形や文様に地域ごとに違いが生じていたとの見方が強まっていきました。

 再検討の結果、都月系の円筒埴輪は、宮山系とは別の地域の特殊器台から変化した可能性が高くなったそうです。宮山系特殊器台は今の総社市東部周辺、都月系円筒埴輪がその東にあたる岡山市足守川周辺で、それぞれの地域勢力の下でつくられたものと指摘しました。さらに、箸墓古墳でみつかった特殊器台と円筒埴輪は岡山でみつかった土器とは少し形が異なるため、宮山系と都月系の工人らが岡山から奈良へ移動し、新たに特殊器台と円筒埴輪をつくったと推定しました。

 さらに、箸墓古墳と同じ特殊器台と円筒埴輪がみつかった奈良県橿原市の弁天塚古墳(全長約60メートル)にも注目しました。春成さんは、箸墓古墳の被葬者が卑弥呼である可能性が高いと考えており、「箸墓古墳と弁天塚古墳の被葬者は、生前は吉備の複数の地域勢力によって支えられ、自分の墓をつくる際にもそれぞれの地域を象徴する特殊器台と円筒埴輪を遺体の周りに立てさせた。どちらの古墳の被葬者も吉備出身と考えるのが自然でしょう」と説明しています。(編集委員・今井邦彦)


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