過去の雑記 2008/01~2009/11

過去の雑記 2007年

2009.11.08 やっぱりLiveはいい!

 学生の時以来コンサートやライブとか行ったことなかった。別府に居た時に高校生の吹奏楽を聞いてコンサートやライブの楽しさや感激を思い出した。
今日はトロンボーン四重奏を聞いた。やっぱりライブはいい!

2009.10.31 まちづくりの主役は子供・高齢者・障害者だ!

 昼間に居住地界隈に居るのは子供と高齢者と障害者だ。福祉を提供される受け身な立場ではなく、地域社会を創造する主体者である。

2009.10.08 人間国宝級の陶芸家は環境破壊者だ!

 3日間も薪を燃やして出来上がった焼き物が気に入らなかったら叩き割って捨ててしまう。間伐材を使っているとしても全てCO2になっているのに何の生産行為が伴わない。そんな人間が国宝とか言ってほめたたえてる国は絶対滅びるぞ!

時間がある時に掘り下げて考えてみよう。

2009.10.07 障害者就労支援講演会by伊丹市障害者地域自立支援協議会就労支援会議

 障害者の就労、特に精神障害者の就労支援がテーマだった。受け入れ側の企業の人と就労支援のNPO法人の人の講演だったが、両者が強調されてたのが「障害者手帳」の取得。障害を受容出来ない人が多いようだ。

2009.10.03 バーベキュー大会@大阪ロッジ舞洲

 2週続けての肉。今回は大阪頸髄損傷者連絡会主催。月は変わっているが相変わらずエンゲル係数が高い生活を続けているのはちょっとやばい。

明石海峡に沈む夕日と生駒から昇る中秋の名月は見られなかった。舞洲は何故か蚊だらけだ。

2009.09.27 バーベキュー大会@明石大蔵海岸

 兵庫頸髄損傷者連絡会主催のバーベキュー大会で6/30のこれも兵庫頸髄損傷者連絡会地域交流会以来の久しぶりに焼き肉を食べた。

大蔵海岸から見た舞子浜にかつてののどかさは無く超巨大な日本の工業技術を誇るモニュメントのような大橋が圧倒する風景になってしまったのが残念だ。橋の下に人柱こそ無いが最高の住環境から立ち退かされた人が多くいた事を決して忘れてはならない。

2009.09.22 モンキー・パンチ展@夙川大手前大学大手前アートセンター

 オリジナルのルパン三世が一番格好いい。

どうもラピュタや侍ジャイアンツのルパンは「ごっこ」のように思える。それがゆえに万人に愛されるルパンになったのかもしれない。

会場の大手前アートセンターの地下が展示室。大きめの鉄の扉を開けてもらってエレベータに乗せてもらったが足場とか器材置場になっていてやっと通れるくらいしかスペースがなかった。おまけに地下から1階をつなぐ通路は4,5段づつ上がって踊り場があって、その踊り場にも展示があったがスロープがないので見られなかった。十分スロープを付ける広さがあるがデザインに凝るのは良いが震災後の建物とは信じがたい。せっかく1階から2階へはスロープが付いているのに。
そもそも入り口付近に20cmくらいの段差があって自動車用の段差解消の物が置いてあったが車いすでは転倒するくらい急なので実用的でない。教育機関のバリアフリー化はまだまだ課題が多いようだ。

2009.09.20 障害者総合福祉サービス法タウンミーティングin西宮

 「一人一人が消費する主体なんや」
地域で生きているだけで生活者として(生活材を)消費する主体として地域に貢献している価値ある存在なんや。

障害者自立支援法は介護保険との統合を前提としている。
障害福祉を保険制度で運用する事は優生保護につながるので法律として間違っているので廃案にすべき。

2009.09.01 やっと見ぃーつけたEpⅡ

 仕事をしていなくても月末・月初は何かと忙しい。

27日
デイサービスから帰ってきたらタイヤがおかしい。タイヤの空気が抜けている。いきなりなので多分パンクだ。念の為にガイドヘルパーさんに空気入れで空気を入れてもらう。スポークカバーを付けているのでかなり入れにくい様子。空気を入れる口を背中の方に持って行って入れないといけないので私が指示できないのでちょっとイライラしてしまう。
ようやく空気を入れるも1分ももたない。今日リハを休むと翌週の火曜がリハの先生の都合で休みで木曜までリハを受けられないのでパンクのタイヤで通院を強行する。リハの帰りに車いす屋さんに電話すると金曜(28日)は予定がぎっしりで出張修理は無理との事。その次の営業日は3日後の月曜。店に行けば修理できるという。虫ゴムが傷んでる可能性があるので虫ゴムを持っていたら交換してみたらというアドバイスだったので別府で買ったはずの虫ゴムを探してもらうが、こういう時に限って見つからないのが常。介護タクシーも週末なので希望する時間帯は空いてなかったがどうにか往復を予約できた。近くに「伊丹クリーンスポーツセンター」という公共施設があるのだが公共交通機関が不便すぎてゆっくりダイヤをチェックしないと使えない。その前にパンクならそもそも無理だが。

28日
今日は排便と車いす修理で終わった。タイヤはやはりパンク。ゴムのつなぎ目から空気が漏れていたので不良品っぽい?
午前の排便の時に訪問看護の看護師さんが「修理キットがあれば簡単に直せますよ」との事。空気入れしか持ってなくて前回買い物に出かけた時にこれから外出が増えるし修理キットが必要だと思っていたが何故かその時に買わずに次の機会に買おうと思っていた矢先のパンク。
「備え有れば憂い無し」じゃなくてこれこそ「後のまつり」。

介護タクシー代≒パンク修理代×3
パンク修理代≒(ホームセンターで売ってるチューブ代+修理キット代)×2+買いに行くバス代往復
ホームセンターで売ってるチューブ代≒修理キット代
修理キット代=買いに行くバス代×5
さて上記の式より各変数の値を求めよ。バスは伊丹市バスを障害者割引で乗車。介助者無し。「≒」は2ケタ以下を四捨五入する。

29日
昼からデータ通信カードの解約方法を探す。「お客様サポート」で契約変更できたのでログインして・・・IDかパスワードが間違ってるとエラーが出てログインできず。解約方法を調べるならログインする必要がなかったのを知るのは解約手続きを終わった後。ログインできない事にムキになって、やっとログインして1日が終わっちまったぜぃ。

30日
衆議院議員選挙に行ってその後で『きららホールSUMMER FESTIVAL』を観覧。『中高生のダンスと音楽』と銘打っていたので「1時間チョイは楽しめるかな?」「親バカで会場はビデオだらけなんだろうな」とかお祭りにちょっとワクワクしてきららホールに着いたら『きらら映画上映会』もあるという。そんなダブルブッキングをするとはおかしいと思いつつ3階の多目的ホールに行くと、入口に案内すら貼られていない。中に入ると椅子が50脚程度。北高吹奏楽部演奏会の半分程。ステージにはギターとドラムスが置いてあるので場所に間違いはないらしい。
いよいよ開演。会場は20名程度でアットホームな雰囲気。後でぼちぼち増えてくるかと思いつつ初めのバンドの演奏5曲が終わって、次はジャズダンス。女の子2人が2曲ほど踊って・・・「これでサマーフェスティバルを終了します」って何?
最前列に座ってた関係者っぽいおじいさん『枯れ木も山のにぎわい』だろうけど居眠りは失礼でしょ?

31日
解約は「auショップ・PiPitをはじめとするau取扱店で解約手続きを承ります。」との事をやっと発見。

9月1日
この日はリハビリが休みだったのでさっそく家電量販店の「au取扱店」でデータカードの解約を頼むと「解約はauショップだけでしかできません」ときた。やられた。
本当に携帯電話業界は腐っとる。売る時だけは見境なくていざ解約しようとすると異常に不親切だ。最寄りのauショップは電車に乗らないといけない場所になる。始めから「auショップのみ」と分かってたなら自宅近くのauショップに寄ってから家電量販店に行けば簡単に済んだところが電車に乗ってauショップに行く羽目になったので家電量販店で買いたいものまで時間切れで買えなくなってしまった。
本当に携帯電話業界は腐っとる。
解約して電車で戻ってきていつものバスまで時間があったのでホームセンターで24インチの自転車のタイヤチューブとパンク修理キットを買った。
いつものバスまでまだ十分に時間があったので駅から3,4分のスーパーに自宅近くのスーパーで扱いが終わった涼麺を求めて行ってみた。やっと見ぃーつけた。テンインさんに袋を膝の上に置いてもらってレジを済ませた。
いつものバスまでまだ十分に時間があったので駅横の店のトイレでオシッコを捨てておく。家電品を見る時間はなかったが急ぎの品ではなかったので、まぁ満足のいく外出だったかなとバス停に行くと人気がない。いつものバスまでまだ十分(10分)近く時間があるのに・・・とちょっと不安げに時刻表を見たら、やられちまった。
9/1からダイヤがかわちゃってやがる。油断した・・・・・・。

2009.08.26 データ通信カードは解約しても大丈夫かな?

 24日
NTTのVDSLの工事がありWebだけしか契約しないと光と違ってモデムだけでルーター一体型を設置してくれない。前の週に玄関の段差解消のスロープの下にLanケーブルを2本這わせたのは無駄となり、Lanを引くには別にルーターを買わなければいけない。住まいが変わって光ケーブルが通せたらルーターは不要になる。ルーターが付いてないショック状態でもプロバイダ接続用ソフトのインストールROMディスクをドライブにセットしてもらうのだけはかろうじて覚えていた。何とかインストールを終え接続設定も夕方には完了させた。

25日
朝食前に接続し・・・ピッ!「396:接続できませんでした・・・ヘルプを参照してください。」キーワード「396」検索・・・「検索件数0件。」
今度はそうくるか?

とりあえずデータ通信カードの方でWebに繋いでメールだけチェックして接続を切る。

再起動しても、シャットダウンしても結果は同じ。残るはROMディスクを入れっぱなしにしていたのでインストールからやり直してみる。ソフトの上書きだけなのに今回は「環境設定  失敗」という表示が出て内心ドキドキしながら接続のセットアップを再設定する。繋がった。ルーターを買うまで毎日インストールからやり直せってのは酷と言うより不具合じゃん。夜にはスタンバイの途中で固まったので強制終了。やれやれ。

26日
朝食前にPCの電源を憂鬱にプチ。今日上手く繋がらなかったらNTTでもプロバイダでもどっちでもいいから電話で思いっきり苦情を言っ

「!インターネット接続(2)に接続しました」

あ、そう。繋がってくれればそれでいいんですが・・・。

データ通信カードは解約しても大丈夫かな?

2009.08.22 やっと見ぃーつけた

 10時半に送り出してもらって19時半に迎え入れてもらっての、昼食を挟んでの初の一人での外出。天気だけが心配だったが予報が外れて雨は降らなかった。曇っていたがそのおかげで暑くなくて済んだ。

6月以来2度目の三田。バスはほぼ定刻通りで幸先が良い。JRの切符も往復を買っておけば帰りに焦らなくて済む。快速に乗って15分。距離的に考えてもメチャ早い。やっぱりトンネルで線路が真っ直ぐになると速い。今回はしっかりとトンネルが8つあることが確認できた。

トンネルを抜けると道場辺りの田園が広がる。前回が早苗で今回は青い稲穂。三田に着くと駅前の歩道橋が濡れていてこの辺りは雨が降ったらしい。と、いつもリハビリの通院時にお世話になっているガイドヘルパーさんと出会った。千刈貯水池辺りをガイドしていて雨が降ってきたので戻ってきたとの事。

2009.08.19 自分が考えるような事は既に誰かが考えている

 過去を振り返ってもしかたがないが、もっと早くからYes,You Can!を読んでおけばよかったし、読んで自分用にアレンジする時間が欲しかった。

2009.08.18 最近になってやっと「障害の受容」が出来てきたと感じる

 「障害の受容」という言葉を初めて聞いたのは国立別府重度障害者センターに入所して半年くらい経った頃に知り合いになった頸損の人からだ。意味は言葉から直観的に理解できたが、頭の中で理屈としては理解できても自分が本質的に(気持ちや感情として)障害を受容出来ているかどうかは「?」だった。

「障害の受容」とは自分に起こった身体的障害を事実として理解し獲得できそうなADLの目標に向けて残存機能を伸ばして積極的にリハビリテーションに励むようになる状態ではない。

自分が障害者になっている状態を肯定的に感じられるような状態になって、自分を含めて様々な程度や種類の障害者や健常者の社会的な存在価値は同じで皆んな人生を謳歌できると気付く事。

2009.08.12 メールアドレスくらい載せろ

 携帯電話では通話より携帯メールの方が使用頻度が多いと思うし、郵便よりメール(電子メールorEメール)の方が使用頻度が多いと思う。上肢にマヒのある者(私)にとってメールは自力で好きな時に送れる情報伝達手段だ。

郵便で送るにはパソコンに打ち込んだ文書をプリントし、それを誰かに封筒に入れてもらって宛名書きをしてもらい外出するタイミングで郵便局に行って切手を買って、その切手を貼ってもらって投函してもらわないといけない。Faxもウェブは有料だし、固定電話がないとプリントしてコンビニに行って50円払って送ってもらわないといけない。

ウェブで買い物や乗り物・旅行の予約、銀行の窓口業務とかが常識となってきているが福祉サービス関連のOA化の的外れようは呆れてしまう。そこそこの金を掛けて作ったであろうホームページを見て連絡を取ろうと思うと連絡方法が「電話か郵便かFax」となっているケースが多い。郵送するのに手間と切手代が掛かって効率が悪い。ホームページを開設してるならメールアドレスくらい載せろ。

という事で今日下の文書(個人名は削除)をその下に郵送した。

国立別府重度障害者センター指導課職員による利用者に対する人権侵害について
大分県福祉サービス運営適正化委員会

2009.08.11 夏祭り2

 すぎのこサマーナイトフィーバーに行ってきた。夕食後にエレベータ下まで送り出してもらって夕闇せまる中、会場のサポートセンター杉の子に向かう。途中で右と左を間違えて50m程引き返すというお約束の後、会場に到着。入口の端の歩道が縁石より5cmくらい陥没していて危うくもう一つのお約束でずっこけそうになったが落車したらお約束では済まないのでそれはパスできた。

食事は済ませているのでさっそくビール目指して某介護事業所の屋台を探す。今回は利用者特典でビールにおつまみ付き。盆踊りを見ながらの一杯は美味い。

帰りは時間に余裕があったので池の土手を散歩する遠回り。光物を付けてたらメチャ怪しい車いすになってたので買わなくて良かった。夜風に当たって六甲山麓の住宅の明かりを眺めるのも何年振りだろう。

2009.08.09 「自助具の部屋」訪問

 未明からの雨。1ヶ月前から予定していたのでどうしても行きたい。昨日リュックにおやつにハンカチに、じゃなくて自助具の材料を準備して詰めていたし次は1ヶ月先になる。

午前中はもう10分に1回は空模様を伺ってため息をついていた。昼にちょっと空が明るくなってきて小降りになってきた。もう帰りはどうでもいいとリュックを車いすに掛けてもらい水筒(ペットボトル)と手帳と小銭の入った袋も首から掛けて帽子をかぶってピクニックに出発。目的地は大阪環状線の森ノ宮。市バス-JR宝塚線-環状線を乗り継いで森ノ宮に到着。まだ雨は止んでいる。場所はホームページの写真の通りですぐに分かった。中に入ってまずトイレに行って、部屋を訪れた。

今日は月に一度の例会と聞いていたのでメンバーの皆さんが集まっておられた。さっそくお願いしたい歯磨き用の自助具と車いすに取り付けたいテーブルの要件を伝える。歯磨き用の自助具は今使ってる物のコピーで現物を持って行ってたので細かく寸法を測って見取り図に記入される。問題はテーブル。自分で買って持って行ったテーブルは扱い難そう。使えそうかと思って買ったパーツも役に立ちそうもない。車いすに取り付けるのをアームレストにして考えて頂く事となった。

出来上がったら電話で連絡してもらい直接受け取りに伺う手筈とした。1ヶ月以上掛かるようだが待ち遠しい楽しみが2つ増えた。テーブルが秋のバーベキューに間に合えばベストだけど・・・。帰りは雨が降ってきて少し濡れたが出かけて良かった。

大肢協ボランティアグループ・自助具の部屋

2009.08.07 宝塚観光花火大会

 見えた。

音が聞こえてベランダから西を見るとレースのカーテン越しでもはっきりと花火が見えた。後はそりゃ必死になってカーテンを開けて身体を少し右に傾けて花火を鑑賞。高層マンションと隣家の屋根と雑木林の間から良く見えて感激。別府でのクリスマス花火以来の花火。部屋が北西向きなのが今日は良かった。

2009.07.26 またしても詰めが甘かった初めての宝塚

 7/26(日)の午後、お世話になった人へのお礼を買おうと出かけた。バスはもう何度も一人で乗っている。今日はJRの電車の初の一人乗車。昼は日差しが強く日陰に避難してバスを待つ。日曜だったがほぼ定刻にバスが来て乗車。問題なくJR中山寺に着いた。

駅の改札へのエレベータに乗り駅員の窓口で「宝塚まで一人」と告げると「180円(大人普通料金)です」との答え。
「障害者割引は?」
「介助の方がおられた場合は(子供料金に)割引になりますが、お一人で近距離の場合は割引になりません」
「あっそうなんですか、じゃあ財布から180円取って下さい」

近距離って何処までか訊いてなかった。

無事に宝塚に到着。宝塚のお土産と言えば今も昔も炭酸煎餅に決まっている。しかしそれだけではちょっと地味なのでエレベータに乗りソリオ宝塚2Fの宝塚阪急で洋菓子を品定め。帰りに買う店を決めて「花の道」沿いの店で炭酸煎餅を買おうと1Fに下りる。

1Fに下りた。右横は駅前から武庫川に掛かる橋へと階段もなく続いている。紛れもなく1Fだ。しかし目の前には下りのエスカレータがありその向こうに花の道が見える。

エレベータは行っちゃったんで右手に建物から出て下に繋がる歩道から花の道に出て無事に炭酸煎餅をゲット。時間があったので久しぶりの宝塚を散策し、梅雨の雨で濁っていたが武庫川の流れと対岸の宝塚温泉街を眺めてソリオ宝塚に戻る。

花の道から続くのはどの階かとエレベータを見れば「G」。ほうほう英国風にGraundFloreが1階で1Fが2階なのか?ややこしいやんけと思ったのとエレベータから店舗に行く時に自動扉が付いていない個所があった。日曜でお客さんが多くてすぐに開けてもらえたが平日なら使うエレベータを考えないといけない。

帰りにホームセンターで買い物をしてバスの時間まで20分以上あったのでスーパーのコーヒー店でコーヒーをすすろうと思って行くと5分前(17:00)に閉店。バス停で20分待ってバスに乗って最寄りのバス停を告げると「そこは通りませんよ」と言われて一番近いバス停で降ろしてもらい、小雨の降る中バッテリーギリギリで5分遅刻で帰宅。土日祝のバス路線の確認不足。詰めが(以下省略)。

近距離とは100km以内だった→JR西日本:鉄道事業 > サービス向上に向けて > お身体の不自由なお客様へのご案内

2009.07.21 情報は身を助ける=独居初の過反射

 今日はかかりつけの整形外科病院で4週に1回の膀胱ろうのカテーテル交換。カテーテル交換は問題なく終わり膀胱洗浄に。カテーテルから生理食塩水を注入するとペニスから漏れてくると看護師さんが言う。そんな事は初めてだ。失禁対策の着替えと平オムツを車いすの後ろに積んでいたので着替えさせてもらって事無きを得た。車イスに移乗させてもらって受付でこれも4週に1回の薬の処方を待っているとちょっと様子がおかしい。下腹部を中心に痙性が入ってゾワゾワする。首にかけているお茶やバッグがカテーテルを押さえたかと処方箋をもらって病院の向かいの薬局に入るが痙性が全身に広がってきた。これは交換したカテーテルが悪さをしてるに違いないので病院に戻って看護師にカテーテルに折れがあって尿が詰まってないか見てもらうと折れはなく少しだが尿が溜まっている。

少し様子を見てみる事として待つこと5分。頭痛がしてきた。これはただ事ではないので看護師にベッドに乗せてもらって医者を呼んでもらうが間に合いそうにないので、バルーンカテーテルのバルーンの水だけを抜いてもらう。すると勢いよく尿が流れだしてきたと看護師。頭痛も治まって一段落。

この時の血圧が170/80で出た尿が300mlくらい。

ちょっと前に「はがき通信」で同じような状態になった経験談を読んでいたので焦っていたがパニックにならずに済んだ。頸髄損傷者の過反射は自分で対応方法を知っておくこと。セルフヘルプの重要性を体感した。

2009.07.19 夏祭り

 昼は大阪市社会福祉研修・情報センターで「定籐記念福祉研究会10周年記念セミナー」に行って帰りにその足で第7回鴻池夏祭りに行った。

セミナーが押してその遅れのまま付いたので、一番楽しみにしていた天王寺川中吹奏楽部の演奏に間に合わなかった。

腹がペコペコだったので焼きおにぎりを一口で食べて、落ち着いたところで焼きそば・ウインナ(フランクフルトが無かった)食って缶ビールを飲んで盆踊りを観覧。20時過ぎに会場を出て帰ってきて一息付いて「ようつべ」で「夏祭り」を聞いていたら、窓ガラスをたたく土砂降りの大雨。始めから小雨は降っていたが大雨は免れた。

2009.07.17 遺伝子以外を遺す時代

 地球上の生物は自分の遺伝子をより多く残そうとして進化してきた。生きる事の目的は自分の遺伝子の複製と言える。

これを人に置き換えて考えてみる。人生の目的は子孫繁栄である。

これだけじゃぁつまらない。子供を残さないと人が滅びるので否定はしないが、自分の遺伝子を持っているかにこだわらずに本能以外=遺伝情報以外の文化=情報を遺していく事に価値を見い出すのがホモ=サピエンスらしいと思える。

子供がいない単身者の見栄っ張りか?その通り!。

2009.07.17 川西市加茂の桃を食べた

川西市加茂の桃の花 今年は今日店頭にお目見え。早速買って皮が付いたまま洗って一口大に切ってもらって食べた。ちょっと早くて糖度が低かったが、そんなのが好みなので丁度良い。

画像は2002.03.29のまさに加茂で写した桃の花。

2009.06.27 兵庫頸髄損傷者連絡会-地域交流会@焼き肉本陣伊丹店

 5月開催の予定が新型インフルエンザの影響でこの日となった。

やっぱり肉は美味い!

定例会ではゆっくり雑談する時間が無かったが今回は雑談が目的。美味いもん食べて飲んでしゃべって楽しかった。

2009.06.15 血の掟

 施行の前後から迷惑をかけられ通しの悪法「障害者自立支援法」を作った中心官僚が逮捕された。障害者を見捨てる事に平気な官僚だけあって自分が逮捕されても官僚の上下関係を死守するという「血の掟」があるに違いない。どうせ天下り先の特別法人があるから痛くも痒くもないのかもな。

以下は何所かで誰かが言っていたか思いついた事か忘れたが・・・。

官僚は何故税金を浪費し社会的弱者を平気で見殺し、あげくは企業か特別法人の天下りのはしごをして平気なのか?

理由は子供の時に「ガリ勉、ガリ勉」といじめられていた恨みに、国家公務員上級試験に合格後も上司の官僚のパシリや身代わりをさせられて苦労してきた反動が加わって、いじめてきたやつら(平民)に対する子供の時の「仕返し」をしてるに違いない。

そうでなければ良心の呵責に耐えられないはずだ。良心があれば、だが。

2009.06.14 兵庫頸髄損傷者連絡会定例会@三田郷の音ホール

 兵庫頸髄損傷者連絡会の定例会に大阪からの応援を含めて14台の車いすが集まった。車いすも大きい方が迫力がある。大きい集まり小さい集まり色々あるけど、直に人に会うって事が大事だとつくづく思う。

資料のアップロードをお手伝いさせてもらおう。

2009.06.13 「誰もが暮らせる地域づくりフォーラム」

 行きのバスの運転手が忘れていた為、阪急伊丹で降りられず次のバス停で下された。車が通れない国指定の文化財沿いの路地を抜けて近道を試みたが、フォーラムの講演の開始に間に合わなかった。フォーラムの内容・資料は「誰もが暮らせえる地域づくり事業」にまとめてあるのでスルー。時間の都合で途中で帰ったが、エレベータのボタンの前に置いてあった邪魔な屑入をキャスターのアームで弾き飛ばしてボタンを押そうとしたらフォーラムのスタッフに先にボタンを押された。・・・人の楽しみを邪魔された。

2009.06.08 きっと渡り

 近所の池の白鳥。冬に昆陽池公園に戻ってるとすれば近所の池は昆陽池の北西2kmなので「渡り」の本能に目覚めたのかもしれない。きっとそうに違いない。

昆陽池の白鳥は正しくはコブハクチョウ。ヨーロッパから連れてこられたんで「中央アジアまでなんて遠すぎて渡ってられるか!」という理由で渡りをしないに違いない。渡りをする鳥類の脳には生体コンパスがあるので本来ヨーロッパから渡る中央アジアが日本から遠すぎると解っているじゃないだろうか。しかし、あるつがいが昆陽池公園の過密もあって「渡り」の本能に目覚めて昆陽池公園から新天地を求めて渡ってきた。

伊丹市ウェブサイトの2007年5月18日の西池・黒池にコブハクチョウ親子~7羽のヒナ誕生の記事では2年前から住みついているとの事。渡りではないのだろうか。秋になったら脅かして昆陽池公園に行かせて春に昆陽池公園で脅かして・・・あかんか・・・。

2009.06.06 白鳥家族が見られた

 1ヶ月ぶりの散髪で1mmに刈ってもらった。紹介してもらった店で、やはり移乗できないと洗髪・顔剃りは難しい。土曜日だったので子供の客が多かったが待たずに済んだのでラッキーだった。

予定より早く帰れたので近所の溜池の周りを散歩。GW以来見られなかった白鳥が今日は池の真ん中あたりを家族ずれで巣に向かって泳いでいた。

先頭に片方の親。2羽のヒナが続いて、最後にもう片方の親。ヒナはもう「みにくいアヒルの子」より大きく首が少し伸びてきていて白鳥の子供らしくなっていた。先頭の親はゆっくりと水面より上は動くことなく進んでいるが、ヒナは首を振りながら必死に泳いでいる姿が微笑ましく一人でニヤつく危ない障害者になっていた。

池の対岸の葦の茂みにある巣に近づくと先頭の親はしきりと巣のまわりを見廻して何度も何度も安全を確認しながら泳ぐスピードを下げていく。巣に到着して(多分)ヒナが巣に上がるのを確認してから先頭の親は頭を水に付けて水浴びと毛づくろいを始めた。人も白鳥も家族連れの行動は同じようになるらしい。

2009.06.03 業務用エレベータに初乗り

 あれこれ悩むよりまず行動してみる。分かっていてもなかなかできないね。

1Fが駐車場になっていて顧客用エレベータがないホームセンター。業務用エレベータに乗せてもらえるか聞こうと思ってエレベータがあると思われる場所に進んでいく。運よく従業員が通りかかったので聞こうとする前に「エレベータですか?」と先に聞かれた。

こういう対応をしてくれるようになるまでの車いすライダーの先人たちの働きかけ感謝しつつ、業務用エレベータで2Fに上げてもらい、車いすの膝の上に乗せるのにちょうど良いミニテーブルをゲット。6/27までにどのように取り付けたら良いか考えねば。

2009.05.16-17 全国頸髄損傷者連絡会総会・岐阜大会

 が開催されました。1日だけでもと考えたけど今年は見送って委任状を出した。

16日は障害者手帳の区分を判定する為の診断にかかりつけの病院に受診してその足で家電量販店に行ってきた。平日は他の客を見かけたことがないが土曜日という事もあってお客さんがそこそこ来ていた。やっぱり他に客がいないと買い物は楽しくないものだ。それにしてもその店で使っていた収納ケースが大きさが手頃で使いやすそうだったのでメーカーを覚えてWebで検索してみるが全然引っかからない。特注品なのか?メーカー覚える為に店に行ったのに・・・。

2009.05.12 耳の穴かっぽじってもらった

 最後にかっぽじってもらったのが12/25だから半年ぶりくらい。伊丹に戻って初めての耳鼻科受診。前から車いすで入れる耳鼻科を聞いていたが寒かったり雨が降ったりで延び延びにしていた。今日は週間天気予報で暖かくて晴れ。10時にヘルパーさんにバス代の小銭と財布、健康保険証を確認して頭にキャップを乗っけてもらってエレベータの1Fまで送り出してもらう。

10時過ぎというのに暑過ぎる。バス停には木陰がないのでちょっと離れた木陰でバスを待つ。バスが来るのを見落とすと乗り遅れるので遠くの信号から目を離せない。

バスが見えた。バス停までダッシュしてターンしてバスの運転手さんに手を振って乗車をアピール。他の乗客より先に運転手さんがスロープを出してバスに乗せてくれる。バックで車いすの背もたれを握り棒にくっ付けてキャスターが浮かないようにして準備OK。バス代を取ってもらって行先を告げる。バスには何度も乗ってるので慣れてきた、というより暖かくて身体が動き易いのがスムーズな乗車の最大の要因と思われる。

バスが耳鼻科の在る終点に停まった。乗客の最後に降ろしてもらう。そよ風と共にバラの香りがした。「荒牧バラ公園」からか、その周囲の畑や街路で咲いているバラの香りか。香水の原料にもなるだけあって良い香りだ。(どうして多くの人間は花を食べないし直接に密もすすらないのに花を綺麗と感じ良い香りと感じるのだろう)

耳鼻科は本当にバス停(乗り場)の横、バラ公園の道を挟んだ隣にあった。まだ新しい建物だ。道路から駐車場、入口のスロープまで段差なし。スロープはコの字になっていて傾斜を緩やかにして、滑らないように砂利敷きになっている。ちょっと残念なのは踊り場(曲がり角)が平らでないので介助で押してもらって登る場合、方向転換の時にも押し続けないといけないと思われる。また進行方向に向かって横に傾斜があるのも進みにくそう。簡易電動車いすでは上り下りに問題はなかった。入口は片側開きの普通の民家に付いてるようなドアで、磨りガラスなので誰かに気づいてもらわないと入れない。幅は留め金を外せば大きく開く。入る時はちょうど出てきた受診者の人にドアを開けてもらって、帰りは受付の人に開けてもらった。

待合室から診察室は診察室のドア以外は余裕があった。診察室のドアも留め金を外せば大きく開く。

さていよいよ診察。診察いすの横の顕微鏡が使える位置に車いすを止められた。大きな電動車いすでも大丈夫そうかはちょっと分からない。途中で車いすをUターンして丁寧に両方の耳の穴をかっぽじってもらった。めっちゃ大きい鼻くそのような耳垢が取れてすっきり。ありがとうございました。

荒牧バラ公園 と耳鼻科を後にしたのが11時。平日で鼻炎のピークが去ったとはいえ予想よりかなり早く終わった。帰りのバスは12:42で家に着くのが13時ちょっと前の予定。バラ公園をチラっとでも見て帰れたらいいなと考えていたが、隅々まで見て回ることができる。心配なのはこの暑さ。それと水分補給と尿捨て。まぁ伊丹市の施設だし人も多いので何とかなるだろうと日陰を選んで公園の入り口に向かう。

バラの花園。GW明けの今が見頃と予想が的中。ほとんどのバラが満開。これだけ見事に咲き揃っていたら記念写真を撮るしかない。売店で頼むと公園課の職員の人が出てきてくれて2枚写してもらった。←の画像はそのままではせっかくのバラが台無しになるので美しくない個所はカット。

公園内はすべてスロープで何処へでも移動可能(ちょっと遠回りだけど)。ゆっくり見て廻ると暑過ぎて確実に熱がこもるのでちょっと見ては日陰で休憩し、またちょっと見て日陰で休憩。平日にもかかわらず常時100人以上の人が居たんではないだろうか。でかいレンズを付けたカメラを持った高齢者の写真教室の一行や介護事業所の車で来た車いすに乗った高齢者と引率の人たち、ベビーカーを押した家族ずれやカップルもいたが圧倒的に高齢者が多かった。昼頃になると公園周囲の樹木の木陰はそんな人達がシートを引いて休憩していたりお弁当を食べていたり。

公園を1周して一通りバラの花を見て回ったがバスから降りた時に香った香りがあまりしない。ずっと居るから多少の香りに鈍感になってるのかもしれないが、バラの品種改良は見た目が重視されるのか香りのしない品種の方が多い為かもしれない。

まだまだ時間があるので、これも市立の「みどりのプラザ」を覗いてみる。外では花の苗とか売っていて、中は休憩できるようにいすとテーブルと自販機。奥では花の押し絵を展示していた。ここでの水分補給はあきらめて、バラの苗とかを売っている売店を覗いてみる。テントが張ってありいすとテーブルがある。飲み物は自販機だけでここも無理かと思ったが「アイスコーヒー300円」と手書きの紙が貼ってあった。助かった。バラの花を買うお客さんの途切れ目にやっと氷なしのアイスコーヒーにありつけた。

飲んだら出す。これは自然の摂理。バラ公園に戻って身障者用トイレに行ってみる。身障者用トイレは使用中かどうかが分からない。また取っ手がないし、鍵は小さいフック状の留め金になっている。頸髄損傷者には開閉も施錠も無理だ。ドアを開けてもらってもすぐに勝手に閉まってしまうのでドアを開けっ放しに保つのに一苦労だったし、尿捨て中に閉まると大声で助けを呼ばないといけないのでドキドキものだった。改善が必要だ。

無事に尿捨ても済ませて予定通りのバスに乗り無事に予定した13時ちょっと前に帰宅。

2009.05.06 近所を散策

 郵便局は休みだし買い物もなかったので近所を散策することにした。

まずは公園や土手がきれいに整備された溜め池へ。

土手沿いにはサツキが植えられていて花が見頃。100mほど土手沿いの道を行くと土手の上に上がる階段とスロープがあった。スロープは手動の車いすの人が自走で上れそうな勾配で幅もゆったりしている。さて、土手の上は整備される前の景色からどう変わったのか。
予想以上に広い芝生の公園が広がっていた。トイレも障害者用トイレもある。数組の小さい子を連れた家族が遊びに来ていた。まだ出来て年数が経っていない事もあって木々が小さく木陰がほとんど無いのでしばらく真夏には来れなさそうだ。
池はかなり狭くなってしまったがなんとか昔の面影が残っている。川から水を引いてくる辺りの雑木林は昔と変わらず立ち入り禁止にしているのも正解だ。葦原も少し残っている。葦原の辺りに白い物体が見える。少し見ていると白い物体は2つに分かれ1つが水面を泳いでいく。なんとそこに白鳥のつがいが居た。後で池の周囲を回る時に確認できたが営巣し既に抱卵しているようだ。今の季節に野生の白鳥はいないので少し離れた昆陽池公園にいる白鳥のつがいが営巣地を探してたどり着いたのだろう。鳥口密度の高い公園から愛の逃避行、若しくはハネムーン。渡りをしないといっても大型の鳥には2kmくらいひとっ飛びなんだろうな。羽化するまで40日余りだったろうか。梅雨の晴れ間にでも「みにくいあひるの子」を見に行かねば。

ぐるりと池の土手伝いに回ってみる。池の西側は川に接していて整備前は草ボウボウの土手だったが小奇麗な遊歩道に変わっていた。遊歩道の途切れ目に車止めがあって通れないかと冷やっとしたがちゃんと通れるスペースが空いていた。池の北側は道路に面していて歩道は昔のままだった。
ちょっと水面を見ると、なんと縁日に売られてるようなミドリガメの赤ちゃんが水面でジタバタしている。甲羅は鶏卵のSサイズ程度。この春にこの池で生まれたばかりのように見える。こちらに気づくと大慌てでジタバタしながら潜っていった。ここでも外来生物が繁殖してるかと残念でならない。そう思いながらまた眼をやると今度は甲羅がラグビーボールくらいの在来種でない亀がいた。「お前が親か」

えー、ここでちょっと棘のあることを。うす曇りとはいえ真昼間に日当たりの良いコンクリートの岸の近くに魚はおらんぞ、フィッシングスタイルをバッチリ決めて魚釣り禁止の看板の横で柵から身を乗り出してリール竿に玉浮きを付けた仕掛(リール要らないじゃん)で糸を垂らしてる兄さん(40くらいか)。「釣りバカ」というが、釣りする人のバカ?バカが釣りする?バカだから「そんな場所で釣れないよ」という温かい気持ちで「ここは釣り禁止ですよ」と注意しても同じ場所で竿を振り続けている(ルアー釣りのつもりなんだろうか)。そんなやつらが針をどこかに引っ掛けて水鳥に怪我を負わせる。
路傍や水際には春の野草が先揃っている。タンポポ、サギゴケ、シロツメグサ、ノイバラ、ドイツアヤメ・・・。歌とかで良く「名もない草」とかいうがアマゾン奥地やギニア高地とか以外ではまず植物にはちゃんと名前が付いているので図鑑で調べよう。名前が分かるともっと自然が身近に感じられるようになる。

池を1周した後は氏神様に挨拶。って境内を1周しただけで御参りしてなかった。参道には石燈籠の基台と傘の残骸が・・・。県の文化財にも震災は容赦なかったようだ。境内はバリアフリーで「お宮さん」の風情を残した境内は大きな木々に覆われていて清々しい感じがした。鳥居の左横にあった大きな木。コブみたいなでこぼこがあるけどクロガネモチとは違う。何の木か調べてみないと・・・。

ふだん通らない路地に入っただけでたくさんの発見がある。楽しかった。

2009.05.02 夏もちぃ~かずぅ~くはぁ~ちじゅ~うはぁちぃやっ♪

 ヘルパーさんと5月になっちゃったと世間話をしていて変な事に気付いた。

インスタントコーヒーみたいに簡単で美味い緑茶はないのだろうか?粉茶がそれ?

2009.04.29 情報はシェア(共有)してこそ価値がある=共有しない情報はただのゴミ

 受け売りだけど、ここ最近痛感している。身近な場面では自分の経験(情報)がそれを伝える事で、誰かにとって経験を事前に知る事で有効な判断材料となったり、不安をぬぐい去る事になったりする。

そんな事は当たり前の事と思いがちだが、当たり前の事が当たり前でない事が多いのが世の常だ。訳の分からない事を愚痴ってるが、その辺の事でちょっと前に某国立別府重度障害者センターの指導課とやり取りがあって、呆れるほどの小役人な対応の問題点を整理しようと思うのだが、思い出すたびにムカついて全然整理の作業に取り掛かれない。
それに加えて社会福祉法人もあまり頼りにならないし・・・ストレスばかり溜まってる。

2009.04.26 大阪頸髄損傷者連絡会総会・ランチ交流会

 私は雨男だ。昨日は嵐のような雨が降ったが今日は寒くて風が吹いているが天気予報は曇りで降水確率も20%とほとんど降らない確率だ。なのに・・・。

総会のある大阪頸髄損傷者連絡会の事務所はJR東西線で行くと大阪城北詰の地下の駅になる。駅からは徒歩で15分程度。電動車いすでも私にとってはかなりきつい距離になる。駅に着いて地上に出るエレベータに乗ってガイドヘルパーさんと寒くて風が強くてこれで雨に降られたら最悪なので降らなくて良かったとか話していた。

エレベータから降りて歩道に出るとポツポツ、ポツポツ。最悪だ。ちなみにガイドヘルパーさんは晴男だそうだ。勝っても全然嬉しくない。ほうほうの態で会場に辿り着いた。せっかくの日に最強の雨男の参加で残念な天気にしてしまってすみません。

天候の影響もあってか若干予定より遅れたけれど参加者は定数を満たして無事に開会となった。議長選出からプログラムを進めていき、無事総会は閉会宣言をもって終了した。終了間際に新会員の一人としてコメントを無茶振りされて、自己紹介もあまりしてないし何を話したのかさっぱり覚えていない。議運の人と目があった時に悪い予感がしたので隠れるかソッポ向けばよかったが遅かった。

悪天候のためランチ交流会は総会の会場で行う事となった。3月のシンポジウムの時より時間があったので会の人と色々と交流できて良かった。自分の経験が誰かの情報として参考になる事が素直に嬉しい。

2009.04.17 ショッピング・モールはアミューズメント・パークだわ

 靴と夏用の服と下着類一式をやっと買えた。

JR伊丹駅前にある大型ショッピングモールにガイドヘルパー付きでバスに乗って行ってきた。平日なので人はまばらでゆっくり買い物ができたし、自動ドアで中にストレッチャーまで備えられたトイレも使ってみれた。
テナントが楕円のドーナツ状に配置されていて1Fから3Fが吹き抜けになっていて上から下の階の店が覗ける。テナントの3/4は女性向け、子供向けの店になっている。こりゃ女の子や子供連れのママ・子供にとっては見て・着て・買って・食べての理想的なアミューズメント・パークだわ。
今回は靴と衣類だけ買ってフード・コートでコーヒー飲んで帰ってきたが雑貨や整理棚を探しにまた行ってみよう。近くの食料品のスーパーもいいけど、たまにでかいショッピング・モールに行くのも気分転換になっていいわ。もうちょっと近かったら一人でのんびりできるのにな・・・。

2009.04.10 頭すっきり1mm刈り

 歳はとりたくないもんだ。子供の頃から物覚えが悪かったんで関係ないかもしれないが、1月に越してきて間がない時に携帯電話ショップに行く途中に以前からあるのを知っていた理髪店の入口がグリーンのマットがひかれていて差がないのを確認して暖かくなったら行ってみようと考えていたのを、全然暖かくならないのもあって店の事を完璧に忘れていた。
ヘルパーの人に車いすで入れる理髪店の情報を聞いてその店だと分かっていたが、1月に前を通っていて見たグリーンのマットの事や行ってみようと考えていた事とかをさっぱり忘れていた。
天気が良かったし急ぎの買い物もなかったのでとりあえず行ってみようとトコトコ簡易電動車いすを走らせていく。日差しが強かったがここ数日の陽気で街路樹が木陰を作ってくれていたので陰を選びながら進んでいくと白赤青の理髪店のポールが見えてきた。店の前に着いてグリーンのマットを見たとき全てを思い出した。

ドアが開いていたので躊躇なく中に入って訊いてみた「車いすのままでもいいですか?」
「いいですよ」と即答。

おまけに格安。洗髪だけが無理とのこと。あまり時間をかけたくなかったので顔剃りはパス。12月からボーボー状態だった頭を1mmに刈ってもらって身も心もすっきり。

2009.04.07 ゾンデってそう使うのね

 こちらに来て3回目の膀胱ろうのカテーテル交換。1回目は血まみれ、2回目は順調で今回はどうなるかとドキドキしながら処置台に横になって待つ。2回目が順調だったので3回目も順調にいくとは限らない。
看護師さんがやってきて「抜きますね」と言いつつバルーンの液を抜きカテーテルをお腹から抜く。刺激で軽く下半身に痙性が走る。これはいつもの事。抜き取った後を消毒している。これはいつもの事ではない。消毒綿花を見ると赤い色が付いている。これはいつもの事ではない。

で、新しいカテーテルを挿入。してくれない。

「ちょっと待って下さい」

おいおい新しいカテーテルを準備してから抜いてくれよ。膀胱の容量は数10mlしかないはずだから2,3分空くだけでカテーテルの道がずれる恐れが。ずれていた。

先生が来てカテーテルを入れようとするが入らない。どうしてマイナス思考の予想ばかりが当たるんだろうと切なくなる。諦めた先生が看護師さんに声をかける。

「ゾンデとって」

看護師さんが細長いビニール包装されたものを持って来て封を開けて「ゾンデ」なる物を取り出す。先生がそれを取ってカテーテル挿入部に入れて膀胱の穴を探っている様子。見てはないが下半身が痙性をおこして知らせてくれる。「あった」との声。ゾンデとカテーテルを入れ換えて、膀胱洗浄して、カテーテル挿入部を消毒してY字ガーゼを当てて処置はシャツに血痕が1つ2つ付いただけで無事に終了。

「ゾンデ」が下腹部に突き刺さって立ってる様子を見なくて良かった。

2009.04.01 プリンタのセットアップ完了

 今のプリンタって凄い。電源を入れて給紙トレイに紙さえ入れておけば排紙トレイは勝手に開いて印刷を始める。

4/26に行く大阪頸髄損傷者連絡会事務所の周辺の地図をプリントする。続けてヘルパーさんに記入してもらっているケアチェックシートを両面印刷でプリントする。
やはり必需品だ。

プリンタ台の組立てとプリンタのセットアップを4/1に頼んでいて「簡単ですね」と聞いていて本当に簡単かちょっと不安だったけど、本当に簡単というか手際良く組み立ててセットアップしてもらった。作業の手際の良さに脱帽&感謝である。

2009.03.31 重度障害者のケアプラン作成にはケアマネージャーはいないらしい

 という事はケアプランは自分で作ればいいってことになる。
自分でできる事がまた1つ増えるって事だ。自立生活っぽくていい感じ。詳細を調べよう。

2009.03.27 踏んだり蹴ったり、後・・・

実家の木瓜2009.03.23 彼岸を1週間も過ぎたというのに寒い。首にタオルを巻いてしのいだが冷たい風が吹いて本当に寒かった。

待望の100均に行ったが、欲しい物がほとんどなく空の棚も目立ち、どう見ても閉店準備という雰囲気。これも去年のサブプライムローンの影響か。

実家の木瓜の花が満開のはずが、ヒヨドリが花びらを食い散らかせて花びらがほとんど残っていない。画像は月曜に姉が映してもらったもので映っている花びらが全部無くなっていた。

月初めから暖かくなって単独でバスに乗って100均で買い物をして木瓜の花見をする計画だったのが達成できたのは単独でバスに乗ることだけ。それも寒かったのでバスに乗っている時にほんの少し身体が左右に振られると倒れそうになるし、バックで降りるべきところを前向きで降りて身体が前に落ちそうになるわで危ないところだった。
ちょっと、ほっとしたのは花びらの無い花でも蜜はあるようでメジロのつがいが手の届きそうな近くで花から花へ蜜を吸いまわっていたのが見られたことと、シンビジュームが大きな蕾を付けていたのが見れたこと。

2009.03.26 プリンタ台も届いたゼ

 宅配便はいつも18:00過ぎには来ていたので19:30になっても連絡がないので、仙台からじゃ1日では無理なのかと思ってたら電話があり間もなく待望のプリンタ台(テレビ台)が届いた。
代換えなので現金も丁度を封筒に入れて認め印と一緒に玄関近くのスリッパ入れの上に置いて準備万端。支払いも終わってこの間1分足らず。

しかし今週は雪が降ってもおかしくない寒さなので、その間だけで部屋も身体も十分冷え切ってしまった。誰かが言ってたが、冬眠したい。

2009.03.21 プリンタ台を注文したゼ

 今日は1日晴れて暖かく、部屋の中にいてエアコンを止めていても暑いくらいだ。

プリンタが届いてから安いプリンタ台を探した。せめてプリンタよりは安いものをと探したし、悩みまくったし、考えた。暇さえあればプリンタ台を探して、悩んで、考えた。
どんな台が良いか、どこに置こうか、どう使おうか、そんな事を考えてる時が一番楽しい時だ。とりあえずプリンタは部屋の床に思いっきりの存在感で鎮座しておはす。あとはどう有効に使いこなすかである。考えた。

考えた結果報告。巷は「ちでぢ」の嵐が吹き荒れアナログなブラウン管テレビは絶滅危惧種になりつつある。という事はブラウン管テレビ用のテレビ台は無用の長物になってしまうので在庫が残らないように叩き売られてるに違いない。探しました。幅×奥行き×高さ+耐重量のちょうど良い物。

ありました。何度もサイズを確認して注文しました。

2009.03.18 待望のプリンタが届いたゼ

 やっぱり必要なプリンタとコピーとスキャナ。Webで注文したインクジェットプリンタ複合機が夕方届いた。

やっぱり、そうとうでかい・・・。

プリンタ台が必要なのでWebで探してみた。どれもプリンタより高価だ。悩む・・・。

2009.03.17 生命保険の外交員にとって障害者は人ではないの?

 昼ごろにチャイムが鳴る。ヘルパーさんの来る時刻ではないので、また生命保険の外交員かと思いつつ入ってもらったら当たり。
何日か前にも同様の訪問があったが食事中だったので追い返したが、車いすに乗ってるのを見て「あっ(結構です)」という顔だったのが引っ掛かっていた。今回は留守電を聞いていた直後で時間があったので話を聞くことにした。

入るなり車いすに乗ってるのを見つけて「あっ結構です」と聞こえてきそうな顔。用件を訊くと、
「○○生命保険ですけどご挨拶に伺いましたけど、結構です」という。用事もないのに知らない家のチャイムを押すのはセールスか空き巣しかいない。空き巣には見えないので、
「そっちが用があってチャイムを押したんだから用件を聞かせて」とさらに訊くと「そうですね、、、じゃあ介護保険は受給されてますか」と訊くので、「介護保険は受給してません。障害者年金だけ受給してますけど」と答えると、困った顔に変わってきた。そして「えっっと・・・その場合は規定によりお役にたてない」云々。○○生命保険の障害者に対するどんな『規定』で断るのかに非常に興味があったので、
「『規定』って何ですか」と訊くと、「えっっと、、、、えっっと」を繰り返すのみ。

こっちは正直言って障害者が生命保険に入る条件に興味津々なのにらちが明かない。「事務所に戻って応対マニュアル見直してきて」と助け船を出してお引き取り願った。

2009.03.14 電波時計の怪

 いきなり時計の長針が動き出したからビックリするやんけ。

数日前にヘルパーさんが秒針がすごい速さで動いたと言ったのを聞いて裏を見てもらったら電波時計だったと知った。自動的に時刻を合わせるとはいえ4時間もさぼった挙句に、目の前でいきなり長針が秒針より早く回りだしたら知っていても時空が歪んだのかとSFちっくにビックリした。
頸髄損傷になってから心の動揺がストレートに身体に出て全身に痙性が入るから勘弁してくれよクォーツ時計君。

そもそも何で4時間も止まっていたのだろうか。

画像は住んでる建物の入口付近に生息してる猫。飼い猫かノラかは不明の♂。近付いたり手を出すと逃げ出すかと思えばヘルパーさんの足元にまとわり付いてきたりする。典型的な猫型の気ままな性格の猫らしい猫だ。誰かが餌を与えているらしく丸々としている。
猫鍋ならぬ猫レジ袋を1枚ヘルパーさんに写してもらった。

2009.03.13 アポロワン計画-満2ヶ月

 初めの1ヶ月に比べたら2ヶ月目はまぁまぁ1日の過ごし方の要領も分かってきたし、スーパーマーケットの特売日も覚えたし、少しゆとりがもててきた。ただ慣れて油断すると、いくらでもだらだらできてしまうので1日1日を計画性をもって過ごさないと計画が頓挫してしまう。

今のところは初めの1ヶ月で生活パターンを固めて2ヶ月目で実行することができた。後はお尻の傷を早く治すこと。治さないことには何もできなくなる。

2009.03.10 2回目は無事に終了

 IL(自立生活)を始めて2回目の膀胱ろうのカテーテル交換。まな板の上の鯉、ならぬ処置ベッドの上の頸髄損傷者。

先生、痛覚はマヒしてるけど反射はあるってば。

今回は血を見ることなく無事に交換が終了。ほっとした。

2009.03.07 「外へ出ようや」という事で神戸まで出た

 くったくたになって、車椅子を介助で押してもらって帰ってきたけど、いろんな出会いがあって気持は元気になれた。
まずはラーメンを一緒に食べて我が家初のお客様と受付で再開。会場に入って見たことのある横顔に車いすで、別府で一緒に訓練した方と再開。入院中に何度も病室を訪ねて頂いた大阪頸髄損傷者連絡会の事務局の方と再開。進路についてメールで色々とアドバイスを頂いた兵庫頸髄損傷者連絡会の役員の方との対面。その他大勢の方との出会いがあった。ゆっくり話をする時間も余裕もなかったので積もる話はおいおいに、今回は「そとに出よう」という目的は十分達成された。

朝起きて車いすに乗車。今朝用に買った菓子パンに食らいついて予定通り9:00に朝食を終了。食後のコーヒーも余裕をもって飲めた。起きた時に寝汗をかいて着替えた衣類を洗濯してもらえてとても助かった。フットワークの良いヘルパーさんに感謝々々。
上着を着て外出準備を済ませて9:20に出発。外は少し風があり肌寒い感じで近くのバス停に向かう。

時刻表より少し遅れてきたバスに乗り込んだ。遅れを気にしてかバスの加速、ブレーキが体幹に応える。急いでもらった?おかげで予想通りの時刻にJR中山寺駅に到着。

9:53の電車に乗る。電車の切符は障害者は半額(子供料金)で介助者も1人は半額。JRは車いすの通れる自動改札ではなく駅員のいる改札を通過だった。
「さっきも車いすの方が乗車されました」と駅員さん。多分知ってる某氏と思いながら電車を待つ。ホームも風が冷たい。
電車に乗るのは怪我してからは初めてなので3年2ヶ月ぶりになる。福知山線、、、宝塚線は伊丹からしか乗ったことがないので少し揺れが心配。左右の揺れは少なく加速・減速も比較的緩やかな感じ。尼崎駅の手前のカーブの前で減速。自分が怪我をする前の年の4/25で、まだ丸4年経っていないのに今驚いた。自分が怪我してからは以前より事故が身近なものに感じられるような気がしていたが、もっと過去の出来事に感じていた。勝手なもんだ・・・。

尼崎で神戸線に乗り換える。駅のエレベータは使ったことがなかったので乗り込んだ反対側から降りたり、直角に曲がって下りたり、ユニークに思えた。神戸線は以前によく乗っていたが以前より横揺れが少ない気がした。
久しぶりの神戸に続く街並みと山並みが見られて、本当に今日外出して良かった。うろちょろして車いすや身体にぶつかってくるガキ以外は。山並みは本格的な春を迎える為に木々の芽が膨らんできているのか少し白っぽい色になっている。梅はもう咲いて時期に桃も咲く頃だし今月末には桜が咲きだす。

三宮で降りてポートライナーに乗り換える。ホームに上がった時に発車のベルが鳴った。焦ってもろくな事がないので余裕で見送ったが次の車両が入ってくるまでのホームが風が吹いていたこともあり寒かった。焦って乗ればよかったか・・・。
久しぶりのポートライナーは自動制御の為か加速、減速の切り替わりが予想外に体幹に応える。神戸空港の手前の周りがほとんど空地のポートアイランド南で降りた。駅でトイレに入ったがこの時点で既に体力の限界に近づいていて、改札を出たところでギブアップだった。ここまで何とか電動車いすを操作してきたが体幹がふらふらだし腕の痙性きつくなてきて普通に前進することもままならなくなってしまった。残りの体力は食事とトイレと帰り道の為に取っておかないといけないので無理は禁物。ここまで来れたことを良しとしよう。

帰りは19:00少し前に懇親会を抜けてほとんど車いすを押してもらってJR伊丹から市バスで帰った。バス停でも電動車いすの人と一緒になる。USJに行った帰りとのこと。自分も一人で出かけられるようになりたいと思う余裕は無し。無事に予定時刻の21:00前に帰宅してトイレに直行。

2009.03.06 メーリング・リスト登録

 某ポータルサイトのグループに自分とお世話になっている介護事業所のアドレスをようやく登録できた。最初の登録は1週間以上前に済ませていたが、アドレスの登録がうまくできてなくて5つある事業所のうち2つしか登録できてなかった。おかげで3/7の外出の確認の連絡が必要な事業所にできてなくて、いきなりトラブるところだった。
次は夜間の緊急連絡先を決めないといけない。簡単に電話が掛けられる固定電話くらいの大きさの携帯電話はないだろうか?

3/7は第2回全国頸髄損傷者連絡会・日本リハビリテーション工学協会 合同シンポジウム in KANSAI

2009.03.04 くたばっちまいそう

 日曜からバス・ピクニックの疲れが出て、毎週の月曜の買い物で身体が凍えて、きっついわ。
ある程度の疲れは予想していたが3日の朝は雪交じりの雨。2月上旬のきつさに近いくらい身体に応える。リハビリもポンチョ型のレインコートを頭から被っての往復なので介助してもらったが、雨が降ってなくても自分で往復出来ないくらいになっていた。
尻の傷も直さないといけないし、土曜は神戸に行くし、ふぅ・・・。

2009.02.28 バス・ピクニック

 国立別府重度障害者センターに入所していた時、9月の上旬に「バス・ピクニック」というレクリエーション行事があった。希望者が車イス用のリフト付きバスに乗って1日何処かに遊びに行く。一昨年までは水族館か大型ショッピングモールのどちらかの行先を利用者(入所者)の希望の多い方を選択していたが、昨年はケースワーカーの怠慢で行き先の希望を募る期間がないという理由で一昨年と同じ大型ショッピングモールに固定されていた。
どうせ希望を募っても同じ結果になるから怠慢があっても状況に変化はないだろうと、些細な事と考えている節がある。年中行事は10年間くらい同じ内容が続いており、去年は北京オリンピックがあったために大分での国体に続く障害者スポーツ大会(国立別府重度障害者センターからの参加は無し)と大分国際車いすマラソン(参加2名)が例年より1週間以上違っていたが、その程度の事が影響しているとすれば怠慢以上に職務不適格である。
些細な事、重度障害者が与えられた条件だけを受け入れるのではなく、自分の意見・希望を伝える行為がリハビリ後の社会復帰で重要になるという認識が欠落している。そんなケースワーカーの吹き溜まりが存在する。国立だからなのか、国立でもなのか、社会に出た今からでも確かめてみたいところだ。

そんな事を書きたかったわけじゃなく、今日初めて一人でバスに乗って阪急伊丹に出かけた。伊丹市社会福祉大会の催しであった映画「ふるさとをください」を見てきた。帰りは時間が読めないので介護タクシーに乗って帰った。
1月にバスに乗った時はガイドヘルパーに付き添ってもらったので何も考えてなかったというのが、今回よく分かった。
よく分かったこと①:バスの行先を確認すべし。1台目のバスは経由地が遠く10分以上も余分に時間がかかる。
よく分かったこと②:「つぎとまります」ボタンを押せないので降りる停留所を乗った時に運転手に伝える。乗っただけでホッとしていてはいけない。
よく分かったこと③:バスに乗ると次の日に予想以上に体幹に疲れがでる。
よく分かったこと④:伊丹市バスしか乗ったことがないけれど、運転手のレスポンスの良さ等、一人でバスに乗ることの不安がなくなった。
これで、一人でバスに乗って用事に出かけられる自信が付いた。片道15分のプチ・バス・ピクニックだった。

2009.02.27 カレイの照焼きは手ごわ過ぎた

 毎日の食事に変化が欲しいし、魚をあまり食べてないと思い、魚売り場で今の時期に脂が乗って美味いカレイの照焼きを買った。

生まれ変わってから骨の付いた魚を自分で食べた事がなかったのを忘れていた。縁側まで小骨がミッチリ付いたカレイは手ごわ過ぎた。初めてという事を考えて初心者向きの身離れの良い魚か骨ごと食べられる魚にすればよかった。

2009.02.23 仙骨の表皮剥離がなかなか治らない

 一度は治って、また仙骨部の表皮を剥離してしまった。その傷が先週からなかなか治らない。
2月の上旬は体力的にきつくて除圧もままならなかったが、今回はそこまできつくないのだけど治りが遅い。午前中の排便の後にかかりつけの外科の先生に診てもらったところ、座ってできた傷ではなく寝ていてできる場所の傷と言われた。
プロスタンディン軟膏を処方してもらった。ヘルパーや訪問看護の人には、あまり赤くなってないと聞くので大丈夫だろうと思うが油断できないし、習慣になるのが怖ろしい。
ベッドに降りた時に再開したヒップアップの運動(尻の穴をすぼめる)を続けて尻に肉を付けないといけない。

2009.02.20 現実は予想以上に甘くなかった

 ILでやっと1か月と週間が経過。2年間、自分なりに蓄えた体力も3週間ほどで使い果たして、既に体力の債務超過と思われる。足蹴りや自転車漕ぎ(MOTOmed)で少しは尻に肉が付いたかと思っていたのも止めた途端に一気にしぼんで仙骨を擦って薄皮が剥けてしまってガーゼを当てて保護している。
いくら真冬の退所できついのは覚悟していたとはいえ、こうもあっさり体力が落ちてくるとは予想できなかった。肩のストレッチを週2回の外来リハでしているが不足気味とさえ思えてくる。これでも自宅から電動車イスで通える距離だからラッキーである。半日かかってストレッチなら耐えられただろうかと思えてくる。
とりあえず、早く春よ来い。あ、鼻炎は始まってるから、春一番が吹いて春になってたわ。

2009.02.10 IL初の膀胱ろうカテーテルの交換

 土日と昼まで爆睡させてもらえたので、疲れが取れてきた。
月曜にはコンビニとドラッグストアとスーパーマーケットに無事に買い物に行けたので一安心。
体調を整えて今日は独居初のカテーテル交換。シャツに血が付いたが、まぁまぁ無事に交換できたので良し、とする。帰ってから尿捨ても無事に済ませて一安心。

2009.02.07 疲れた時は無理をしない

 週に3回、月・水・金の排便後に近所のスーパーに買い物に出かけて、間の火・木の午後にリハに通院という良い感じの生活パターンができてきたと思ってたのにここ数日、電動車イスの捜査もままならない始末。
今日の昼は朝と同じヘルパーさんだったので着衣だけして昼まで寝かしてもらった。9時過ぎから12時過ぎまでみっちり3時間朝寝できたおかげで身体がかなり楽になった。訓練と違って今は実践。体調管理を優先して、疲れた時は無理をしない。

2009.02.01 会食?&来客

 テレビで放映された影響は2週間以上も続き昼時前にもかかわらずラーメン屋のカウンターはほとんど埋まっていて会食は、会って食べてが別々になってしまった。
久しぶりに食べたジューシーな牡蠣フライと豚骨以外のラーメンは美味かったので良しとしよう。

場所を我が家に移動しておみやに頂いたロールケーキを切ってもらってインスタントコーヒーで頂いた。身内・介護の人以外との会話も久しぶり。前回お会いした時は入院して3ヶ月目の頃でリクライニングの車いすに座っているだけでもやっとこさで、蚊が鳴くような声だったので、当時と比べると元気になってて驚いたと聞き、その頃のこと思い出していた。あの頃はADLはもちろん全介助で車いすに座っているだけでもやっとこさで、「どうなるんだオレ!」と冗談を言う余裕は皆無で、単語を口に出すだけで限界だった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、帰られるのを見送って、今日までの3年間を振り返るとけっこう「みっちり」した3年間だったと思う。

2009.02.05 アポロ13は無事帰還

 食事中にグローブの生ゴムにマヨネーズとかドレッシングとかが付くとグリップが極端に悪くなって、手が固定できずに姿勢を保つのに体幹がプルプルしてきてしまう。
昨日の夕食時もサラダのマヨネーズをグローブに付けてしまって、食事を中断して休憩しようとテーブルの下に潜り込ませていたコントローラを操作した時に、体幹は既に限界に達していて体を右に傾けたまま45度くらい左に曲がって動けなくなってしまった。
右腕を抜いて体を起こそうとしても右腕が体とテーブルに挟まれて抜けない。いっそ転倒すれば良いがテーブルが邪魔して身動きがとれない。しかも体幹はプルプル状態。緊急事態である。
このままでは体がずれてテーブルで首を吊るという、ややこしい顛末が頭をよぎった。
左手をコントローラーに伸ばすとなんとか届く。しかし左から押すだけなので車いすを右に向けることしかできない。右斜め前に大きく傾いた状態と、前に大きく傾いた状態を考えると、否、プルプル状態で考える余裕はなく、今の状態から逃げ出したくて左手でレバーを押す。
ガガガッと重いテーブルを体で押しながら少しだけ前の方に向いた。しかし、自分で体を起こせるまではいかない。左手がテーブルにさえぎられてしまった。少しだけでも前を向けたおかげでプルプル状態からは脱出できた。
時計を見ると午後8時。降車介助の人が来るのは午後10時。まるまる2時間もある。独居1カ月足らずでテーブルの角で褥瘡(じょくそう)を作るというややこしい結末にはなりたくない。
プルプル状態から脱出し、少しだけ体と心に余裕ができてきた。まず、この状態で2時間を待つか、誰かが通れば大声をあげて助けを呼ぶかの選択である。誰かが通るチャンスはエレベータから自分の部屋を通っていく戸数で決まるので2回だけ。それも今から2時間の間だけ。ということは2時間待つ覚悟と体力の温存が必要という事になる。
じゃあ2時間待つのも同じだし、いつ人が通るか状況を他人任せにするという不安定さもないから、ここは胸の除圧をしながら待つことに決めた。
10分経過。胸をテーブルから浮かせて右手をテーブルの上に出すことに成功。
30分経過。左手を出すことに成功。
1時間経過。あと半分。こうして、時計の針を見ながら別府で行ったり来たりを繰り返していた時の事を思い出す。
1時間10分経過。ということは残り50分。残り時間のカウントダウンに変更。
あと45分。あと40分。残り1/3。
あと30分。あと20分。19・18・・・10・9・・・。  ピンポン♪「はぁ~~い!」
無事に帰還(どこから?)

2009.02.01 IL初の鼻毛抜き

 独居も早2ヶ月目に突入。
そこで、独居初の3連発。
1発目:立位でトランクスの食い込みを直してもらう時に初転倒。
2発目:身内、介助以外の知人と初会食、初来客。
3発目:最近気になっていたので初鼻毛抜き。

2009.01.13 アポロワン計画 カウントダウンあと0日=×発射○発車

 えっと、7時直前に2,3分で清拭・着衣・乗車という、夢うつつのままに別府最後の朝を迎えた。
どうにかこうにか朝食を食べて歯磨きを終えて、前日用意した荷物を車イスの背もたれと首から下げて、挨拶もそこそこに予定通りの8:45にリフトタクシーに乗車して国立別府重度障害者センターを発車。

国道10号線に出て大分空港に向かう車のバックミラーから雪化粧の鶴見岳を見つつ、雪の影響で道路の通行止や渋滞、飛行機の欠航が気になって感慨に浸る暇無し。
途中、原因不明の渋滞で10分程度の遅れがでたが10時前には大分空港に到着してチェックイン。乗る飛行機は雪の影響もなく定刻通りとのことで一安心。  去年の8月、12月と2回の往復で乗り慣れた飛行機も今回は片道。誘導路を進み、ジェットコースターのような加速を受けて大分の空に飛び立った。

今回は初めてA座席で四国の上空から瀬戸内の島々や本四架橋を見ることができた。淡路島の南から高度を下げて行ったが大阪上空は曇っていて、視界が開けたらもう大東市辺りになっていて5分もしないうちに伊丹にタッチダウン。
「帰ってきた」と「これからスタート」の思いが同時に湧いてくる。

2009.01.10 アポロワン計画 カウントダウンあと3日

 イヤープラグ(耳栓)ってすごい。もっと早く買って使えば良かった・・・。
えっと、いつの間にか年も変わって退所まであと3日。荷造りを手伝ってもらって別府での2年余りが段ボールの中に納まっていく。入院中の懐かしい物も出てきたりするが思い出に浸っている暇もない。
12日も残りの衣類・寝具等々の荷造りなので最後に別府を感じられるのは明日だけ。今日は雪に風の寒波の到来。明日はどうしよう・・・どうなるのか・・・。

2008.12.31 アポロワン計画 カウントダウンあと13日

 もう残り2週間を切ってしまった。
風邪はほぼ全快。新しいPCも年内に間に合ってネットの接続も回線を無事に借りれたので一安心。最低限のセットアップも済んだので後は使いながらぼちぼちメンテナンスをすればいい。
しかし、ここ2ヶ月の体力の低下と思考の停滞が身にしみる。睡眠不足は肉体的にも精神的にも最強の拷問だ。睡眠時無呼吸症候群の頸髄損傷者にレンドルミンを処方した国立脊損センターの医師を恨む。

2008.12.20 早くも計画に試練がやってきた

 12/17に冷たい風が吹く中、郵便局に行ってついでにドラッグストアに寄って帰った夜に風邪気味だったのが、風邪引きになってしまった。
怪我してから体調管理に気を付けていて風邪を引いてなかったが、ここにきて寝不足による慢性的な疲労と冷たい風に鼻と喉をやられてしまった。12/18に耳垢を取ってもらう為に耳鼻咽喉科を受診したついでに風邪薬を処方してもらった。この週末は体調を整える為に外出は中止。
耳垢は1年以上も育てた為に自分でも「ギョッ」っとするくらいの大きさ。入浴の度に指まで入れて洗ってもらってても奥にこびり付いたのは取れないようだ。最低でも半年に1度は受診するようにときつく諭された。その言葉を別府の土産として伊丹に持って帰ろう。

2008.12.13 アポロワン計画

 春先からの余計な事が続きっぱなしで、全然更新する時間も心の余裕もなかったので、カウントダウンは延期。
この度、IL計画を「アポロワン計画」と命名してめでたくカウントダウンを再開。自立生活まであと丁度1ヶ月。別府出発が2009/01/13の08:45で伊丹到着(IL開始)が同日の13:00に決定。

2008.07.21 自立生活へのカウントダウン

 春先から余計な事ばかり起きて、落ち着いて自分の進路が考えられなかった。現在のところ自立生活まであと2ヶ月。

2008.01.17 13周年

 13年前の05:46。三宮の東門街の北端に建っている雑居ビルの喫茶店の上にある時計は当時の時刻を指したまま。犠牲者の方々のご冥福をお祈りします。

2008.01.10 2周年

 今日で怪我して丸2年。十日恵比寿で憶えやすい

2008.01.01 新年

 今日から新年で昨日までが旧年。何日までが新年だろうか。以前は1/15が成人の日の祝日で固定していて、それまでが「松の内」=正月≒新年という感じだったが、今はその辺が曖昧で、テレビの正月特番が無くなるまでが新年という感じかな。

愚痴

2009.03.20 夕食時に痙性で左手でコーヒーをテーブル中にこぼしてしまった。


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