絹織物の白虎図、飛鳥時代後半制作か 法隆寺に戻そう!

絹織物の白虎図、飛鳥時代後半制作か 法隆寺が皇室献納:朝日新聞デジタルより
絹織物の白虎図、飛鳥時代後半制作か 法隆寺が皇室献納
塚本和人2017年7月12日00時38分

 奈良県斑鳩(いかるが)町の法隆寺が明治時代に皇室に献納した「法隆寺献納宝物(ほうもつ)」の一つで、東京国立博物館(東京都台東区)で保管されてきた絹織物に描かれた白虎(びゃっこ)図が、飛鳥時代後半に制作された可能性の高いことが分かった。絹に描かれた絵画作品としては国内最古とみられる。生き生きとした筆致を残した極彩色の白虎の姿は、東アジアの文化交流の実像を伝えてくれる。

 同博物館の三田覚之研究員(日本美術史)が、2010年度からの献納宝物の修理に伴い、詳細に調査して明らかにした。これまで詳しい制作年代は不明だった。

 白虎は、古代中国思想の方角の守護神「四神(しじん)」の一つ。東の方角を守る青竜(せいりゅう)に対し、西を守るのが白虎とされ、古代日本もその思想を採り入れてきた。

 三田さんによれば、白虎の描かれた絹織物は、仏像などの上に差し掛ける荘厳(しょうごん)具(天蓋〈てんがい〉)に付けられた垂れ飾り「描絵綾天蓋垂飾(かきえあやてんがいすいしょく)」の断片で、縦31センチ、横14・1センチの逆三角形。極めて鋭角な形で、7世紀の天蓋垂飾に特徴的なものという。

 描かれた白虎は脚を除き、体の全体を白く塗った上に緑や赤、淡い赤などで細部を塗られていた。頭部は失われたが、体は竜のように身をくねらせる格好だ。

 飛鳥時代後半の絵画を代表する奈良県明日香村の高松塚古墳(特別史跡、7世紀末~8世紀初め)やキトラ古墳(同)に描かれた白虎や青竜の極彩色壁画と比較。制作年代はこれらより古いとみられるが、今回の修理で絹の断片を本来の位置に戻すと、高松塚やキトラの白虎と同じように、首の長い体つきだったとみられることが分かった。

 明日香村の古墳壁画が東アジアの超大国となった中国・唐の影響を受けたとされるのに対し、献納宝物の白虎は朝鮮半島の影響を色濃く残していることも明らかになった。白虎の周りに描かれた雲の形などの文様を分析すると、朝鮮半島の百済の都・扶余(プヨ)で出土した蓮花鬼形文塼(れんかきぎょうもんせん)や、中国東北部から朝鮮半島北部に勢力を広げた高句麗の江西中墓(6世紀末~7世紀初め)の図像とも類似する。

 三田さんは献納宝物の白虎の源流が、6世紀末~7世紀前半の朝鮮半島に求められ、7世紀中ごろから後半に日本で制作された可能性を指摘。「朝鮮半島からの渡来人が描いた可能性もあるのでは。かすみがかかっているようにあいまいだった7世紀の日本絵画史を考える上で貴重な資料だ」と話す。

 献納宝物の白虎図は11日~8月6日、東京国立博物館の法隆寺宝物館第6室で展示されている。8月4日には三田さんが解説するギャラリートーク「甦(よみがえ)る飛鳥時代の白虎!」が午後6時半から展示会場である。問い合わせは博物館のハローダイヤル(03・5777・8600)。(塚本和人)

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