オーストロネシア語族の広がり 地球上で最も広い面積に分布する言語族「オーストロネシア諸語」

古代日本の八重山諸島もオーストロネシア語族だった。
オーストロネシア語族の広がり – エッセイ – 菊澤律子研究室 – 国立民族学博物館より
『オーストロネシア語族の広がり

地球上で最も広い面積に分布する言語族「オーストロネシア諸語」

 太平洋に点在する島々と太平洋周縁部、そしてマダガスカルという地理的に非常に離れた地域で話されている言語には類似性が見られる(表1)。大航海時代を迎えたヨーロッパの人びとがこのことに気づくまで、そう長くはかからなかった。17世紀のオランダの文献にはすでに、マダガスカルの言語とマレー語、それにニューギニア海岸部で話されるいくつかの言語の語彙に共通点が見られるという指摘がみられる。19世紀末になって世界の諸言語の系統関係に関する研究がさかんになると、地図1に示した広範な地域にみられる1000を超える言語がひとつの系統に属することが明らかになり、「オーストロネシア(南島)諸語」と呼ばれるようになった。』

ポリネシア文化起源地としての台湾 金沢大学(PDF 2009-03)より
『オセアニアにおける人類の移動史は、いまだ意見の一致を得ないのであるが、オーソドックスなシナリオとして、もっとも受け入れられているのはベルウッドの提唱する移動シナリオ(ベルウッド1989;2008;図 10)であり、以下のようにまとめられる。
(1) 紀元前 4000 ~ 3500 年に先オーストロネシア語系民族の台湾への移住。稲や雑穀などの穀物や根菜類を栽培する農耕民で航海技術は未発達。台湾では縄蓆文文化を生み出した。その子孫が台湾先住民。
(2) 紀元前 3000 年ごろ、オーストロネシア祖語の集団がフィリピン北部へ移住。航海技術が改良され、縄蓆文土器は無文ないし赤色スリップ土器へと変化。
(3) 紀元前 2500 から 2000 年代にかけて、マレー・ポリネシア祖語段階の文化がフィリピン南部からボルネオ島、スラウェシ島、マルク方面へ拡散。樹木作物(バナナやブレッドフルーツ)および根菜類が穀物と同程度に重要になった。一部の人々がジャングルに入り込み、ボルネオ島やスマトラ島で熱帯雨林における採集経済が開始された。
(4) 紀元前 1500 ~ 1000 年にかけて、スールー海やスラウェシ島付近で移動性の海洋文化が出現。
(5) 紀元前 1500 ~ 1000 年の間に、ビスマルク諸島付近で生まれたラピタ文化がリモート・オセアニアのトンガ・サモアにまで拡散。航海技術は未踏の島に及ぶほどに進展したが、パプア系の住民によってすでに居住されていたニューギニア島へは海岸部を除いて侵入しなかった。
(6) 紀元前 1000 年から約 1000 年間、オーストロネシア語文化がベトナムやマレーシアへ進出。先住農耕民との間に競争ないし共生が起こった。
(7) 紀元前 500 年以降、青銅器および鉄器文化が東南アジア島嶼部に導入。

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