よみがえる琉球王の肖像画 焼失前の彩色、デジタル復元

よみがえる琉球王の肖像画 焼失前の彩色、デジタル復元 – 沖縄:朝日新聞デジタルより
よみがえる琉球王の肖像画 焼失前の彩色、デジタル復元
編集委員・小滝ちひろ2016年4月8日09時19分
 沖縄を治めた歴代琉球王の肖像画「御後絵(おごえ)」。想像するしかなかった豊かな彩色がよみがえり、多くの観光客が訪れる首里城で展示が始まったのは、一昨年のことだ。

 71年前、琉球王朝のシンボル、首里城は米軍の戦艦からの砲撃で焼失。御後絵も失われたが、戦前のモノクロ写真を元に東京芸大などが7年がかりで復元した。同大は、火災で焼けた福島県の神社の天井絵の復元も進める。貴重な美や技を次代に伝えようとする取り組みだ。

■モノクロのガラス乾板から

 太平洋戦争末期の1945年5月、首里城とともに歴代琉球王の肖像画「御後絵(おごえ)」も失われたが、実は、戦前のガラス乾板が残っていた。感光する乳剤をガラス板に塗ったもので、フィルムが普及する前に写真撮影に使われた。

 乾板は第2尚(しょう)氏第18代、尚育王〈しょういくおう〉(1813~47)ら近世の王10人分。香川県出身の染織家、鎌倉芳太郎(よしたろう)さん(1898~1983)が沖縄県女子師範学校などで教える傍ら、撮影し、生前、沖縄県立芸術大に寄贈したものだ。

 「モノクロのガラス乾板から元の彩色を復元できないか」。2007年、首里城を管理する沖縄美(ちゅ)ら島財団などが、東京文化財研究所に相談をもちかけた。「デジタルの画像解析技術が進んでいるのに期待した。何とかならないかと」と財団の幸喜淳(こうきあつし)学芸員(41)は振り返る。

 研究所の照会を受けた東京芸大大学院の日本画保存修復チームが難題に挑んだ。モノクロだが、灰色部分の濃淡によって、絵の具の色をデジタル技術で推定。乾板に使われる薬剤によってその濃淡が違うことも重要な手がかりとなった。戦前に御後絵を見た高齢者らにも話を聞き、色合いを想像する補足材料にした。

 「色がわからないものを歴史、風俗、絵画の研究から総合的に読み解き、実際に描いてみるとこうだったのか、と驚かされた」と彩色担当者の一人、東京芸大アートイノベーションセンターの梁取文吾(やなとりぶんご)・特任助教(35)。7年がかりで尚育王の御後絵は復元され、14年から首里城で展示が始まった。チームは今、尚育王の父・尚灝(しょうこう)王の御後絵を復元させつつある。

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