奈良・明日香村に新たな古墳か 石張りの巨大な掘割発掘 小山田遺跡

奈良県明日香村川原 小山田遺跡 – Google マップ
奈良・明日香村に新たな古墳か 石張りの巨大な掘割発掘:朝日新聞デジタルより 
奈良・明日香村に新たな古墳か 石張りの巨大な掘割発掘
塚本和人
2015年1月15日18時37分
約50メートルにわたって石材を張り付けた掘割=昨年12月24日、奈良県明日香村、朝日新聞社ヘリから、高橋一徳撮影

 奈良県明日香(あすか)村川原(かわはら)の小山田(こやまだ)遺跡で、約50メートルにわたって石材を張り付けた巨大な掘割が見つかった。県立橿原(かしはら)考古学研究所(橿考研)が15日発表した。7世紀中ごろに築かれた未知の古墳の一部とみて、規模や立地、特異な構造から、大化改新で知られる中大兄皇子(なかのおおえのみこ、天智天皇)や壬申(じんしん)の乱に勝利した大海人皇子(おおあまのみこ、天武天皇)の父、舒明(じょめい)天皇(593~641)が最初に葬られた場所との見方を明らかにした。

 これまで小山田遺跡では木簡のほか、目立った遺構は出土していなかった。県立明日香養護学校の校舎建て替えに伴う発掘で、東西方向に幅7~3・9メートル、長さ約48メートルの掘割を確認。北側斜面は40センチ大の石英閃緑岩(せんりょくがん)を張り、底面は15~30センチの石材を敷き詰めていた。南側斜面は2段目まで緑色の結晶片岩(緑泥〈りょくでい〉片岩)の板石を積み、その上に「榛原石(はいばらいし)」と呼ばれる奈良県東部産の特殊な板石を階段状に積み上げ、最高10段の板石積みが残っていた。

 橿考研は、遺構は古墳の掘割(濠〈ほり〉)にあたるとみて、墳丘裾部は大豪族、蘇我馬子(そがのうまこ)の墓とされる石舞台古墳(一辺約50メートル)を上回る一辺50~80メートル程度の方形だったと推定。墳丘はすでに失われているものの、板石が裾部の表面を飾った可能性が高いとみる。

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