頸髄損傷者の社会心理学的な問題と家族の問題

「障害受容(障害の受容)」なんて幻想です。

firstyear
『脊髄損傷 初めの1年』(PDF 40.8MB) 2012年2月
JSCF NPO法人 日本せきずい基金より

(一部の太字は管理人が編集)

早期急性期のマネジメント推奨事項

15.社会心理学的な問題と家族の問題

 受傷後3日目から7日目に行われた研究に関する報告はないが、定性的でレトロスペクティブな調査によって、初期の回復期に患者が経験する事柄が明らかにされている。
 初めに患者とその家族は、外傷で命が助かったことに喜びを感じる。次に急性脊髄損傷を受傷した患者は、先行きの不安、喪失感、希望、苦悩、不安、抑うつ、落胆、絶望、コントロールの喪失、無力感、自殺念慮など多くの感情を示す。

 いくつかの社会心理学的な問題が次にみられるであろう。(1)苦悩と否定する反応、(2)大うつ病、(3)生活のサポートを拒否する決定、である。
 脊髄損傷に適応するプロセスに含まれているものの、従来の苦悩モデル(Kubler-Ross,1969)は、脊髄損傷に関しては一般的に当てはまらない(Stroebe と Schut, 1999; Wortman と Silver, 1989)か、有効と見られない(Elliot と Frank, 1996; Triesch- mann, 1988)。
 他のタイプの重度の損傷と同様に脊髄損傷患者の標準的な反応は、抑うつではなく回復力が期待される(Bonanno, 2004)。よりエビデンスに基づいた報告によれば、通常の苦悩のプロセスとは、深い悲しみ、絶望や不安の感情に対する無感動、楽観と感謝の感情との間を揺れ動くことが明らかになっている(Stroebe とSchut, 1999)。このような動揺は、どの感情が優位であるかにより、患者が抑うつであるか否定的であるかを左右する場合がある。加えて、自身の肉体に関して「ポジティブな幻想」を抱き、楽観的な態度を見せることが、一般的であり、かつ健康的な精神状態を保てるものと思われる(Taylor とBrown, 1994)。家族やスタッフは、「うつ状態は必要だ」とか「うつ状態にならないと病的だ」などといった、通説や誤った思い込みが存在することを知る必要があるだろう。診断あるいは予後に関する情報を与えることは必要だが、その情報を聞いた人が希望を持ち続けられるような配慮が必要であろう。

 リハビリテーションを始める前の脊髄損傷患者の大うつ病に関する研究は報告されていない。体系的な診断評価を用いた入院患者のリハビリに関する最もエビデンスのある研究報告によれば、脊髄損傷患者の約20%から30%が大うつ病性障害(MDD)を有すると考えられる(Fullertonら、1981; Judd とBrown, 1987)。
 受傷直後にうつの著しい症状が現れた場合、1週間以内に高い率(約50%)で自然回復している(Judd ら、1989)。したがって患者が一時的な基準を含め、DMS-IV*の基準に合致する場合にのみ、MDDを積極的に治療すべきである。
  訳注*:米国精神医学会の診断基準、第4版。
 抗うつ薬が脊髄損傷患者のMDDに有効であることを証明した研究はないが、臨床ガイドライン「脊髄損傷後の抑うつ」(PVA文献3、1988) に述べられているように、MDDの薬物療法は慎重に行うべきである。
 このガイドラインで推奨されていることの多くは、急性期入院の段階でも適用される。その内容は、評価、初期の発見、治療、支援的かつ教育的アプローチ、必要な場合の薬物療法、心理学者・ソーシャルワーカー・聖職者・ケースマネジャーなどへ紹介することによる社会的・環境的問題への取り組み、および治療計画の評価などである。

 早期の介入は、急性期集中治療の環境に特有の要素と、新たな脊損患者が急性期治療で遭遇する経験や感情に関する最近の研究に焦点を当てている(Lohne とSeverinsson, 2004a, 2004b, 2005; Martzら, 2005; Sullivan, 2001)。
 提案された介入の中では、不安を認識し対処すること、現実的な希望を持つこと、失ったものへの適応を始めること、対人関係の支援を強化すること、支援技術を活用し自立心を育てること、医療チームと良い人間関係を築くこと、患者や家族の資源を活用すること、学習方法の評価、文化に配慮したケアを行うこと、自殺念慮や治療中止の要求を察知し対処することなどを強調している。

【75】入院後および急性期治療中の全般的なメンタルヘルスや起こり得る社会心理学的問題のリスクを評価する。必要な場合は、医療チームのメンバーを介入させる。以下の事項には特に注意が必要である。
■ 現在の大うつ病、急性ストレス障害/心的外傷後ストレス障害(PTSD)、薬物中毒と離脱症状。
■ 社会的支援のネットワーク(あるいはその欠如)。
■ 認知機能と学習スタイル。
■ 対処方法と社会的支援における個人的および文化 的な嗜好。
■ 並存する日常生活のストレス要因。
■ 随伴する健康問題、内科的疾患、薬物療法や外傷性脳損傷(TBI)の既往。
■ 大うつ病、PTSDや薬物乱用など精神疾患の既往。
■ 精神疾患での薬物治療歴。
  (エビデンス-NA;推奨度-NA;パネル同意レベル-5)

 理論的根拠:精神的な健康状態の継続評価は、効果的な介入計画を作成するために必須である。すべての評価の際には、患者や家族の対処技術と支援のレベルについて調査すべきである。うつ病のような精神疾患の既往は、脊髄損傷に起因した同様の疾患が発症するリスクを予測する最良の指標である(PVA文献3)。文化的な違いを考慮した評価は、そのケアが文化的に受け入れられるかどうかを決めるのに役立つ(Sharma とSmith, 2002)。

【76】継続中の様々な介入を通じて有効な対処法、健康増進行動および自立心を養うこと。
■ 頭部で操作する呼び鈴、ベッド制御、プリズムメガネやコミュニケーションボードのような支援デバイスを使用する。
■ 感謝、不安、喪失や無力感などの感情が同時に存在する場合のあることを認識する。
■ 医学的情報や予後についての情報を冷静に伝えながらも、希望の余地を残す。
■ 希望的な表出を尊重すること。損傷により起こり得る否定的感情と直接対峙することを避ける。
■ 過去に患者とその家族を支援した効果的な対処方法を確認することの手助けをする。
■ 患者、家族と医療チームとの連携を築いて、治療計画への関与を促し、患者のアウトカムを最善にする。
   (エビデンス-Ⅲ/Ⅳ;推奨度-C; パネル同意レベル-5)

 理論的根拠:多くの場合、脊髄を損傷した患者は、外傷で命が助かったことに対する喜びや、将来への不安、体の一部が動かせないことに対する喪失感とそれが意味すること、自分で物事ができないことに対するコントロールの喪失や無力感など様々な思考や感情を同時に経験する(Sullivan, 2001)。
 当初は否定的であった希望も、現実的なものとなるということをいくつかの定性的な研究が示唆している。多くの場合に共通して、初めて脊髄を損傷した人は、自分に起きたことを数分のうちに理解したと言う。受傷後、初めの数日、数週間、数ヶ月、数年と時間が経ち続けても、ほとんどの患者は再び歩く日のことを考え続ける。時間が経つとともに、治療や回復が進むと、この希望はさらに現実的なものとなる(Laskiwski とMorse, 1993; Lohne とSeverinsson, 2004a, 2004b; Morse とDoberneck, 1995)。
 希望は未来への方向性を示し、回復の過程を通じて患者に前進する力を与えることを研究は示している。その反対に抑うつは将来への適応力を減少させ、前進する力を妨げる(Martzら、2005)。
 損傷の程度や、起こり得る後遺症、治療計画に関する情報は、患者とその家族に冷静に伝えて、それについて話し合われるべきである。予後やQOLに関する情報が、エビデンスに基づいたものとなるように治療が行われるべきである(Bach とTilton, 1994; Hallら; 1999, Pattersonら; 1993)。

 必要であれば医療チームに協力を求めて、患者やその家族が過去の困難を思い出し、以前の困難な状況で彼らにとって役に立った対処方法を確認する手助けをしてもらう。同様の対処方法が現在の状況に役立つことがある。患者や家族の資源を活用することは、急性期やリハビリ期での回復を進めていくのに必要であろう(Dewer, 2000; Kennedyら, 2003)。

 患者に治療計画の作成に積極的に関与していることを実感させるために、計画に患者の価値観、信念、経験や目標をできる限り組み入れる(Scanlon, 2003)。コミュニケーションができない患者では、医療チームは患者の人物像を作成するために、親しい家族や友人に患者の価値観や信念について話してもらうべきである。
 どのような要素が初めて脊髄を損傷した患者の生活を有意義にするのかを明らかにし、生活の質をどの程度保つことができるのかについて継続的な対話をすることは、患者が希望を持つことに役立つ。患者がよい関係を築いている医療チームの全員あるいは数人が介入することで、話し合いは円滑に進むであろう(Lohne とSeverinsson, 2005)。

 患者とその家族および医療チームの役割に対する考え方の変化が、過去10年間に現れた。現在、チームのメンバーは患者とその家族と一緒に協力し、患者に合った有意義で現実的な目標に基づく治療計画を最初から作成する一方、対人支援も提供している(Heenan とPiotrowski, 2000)。

【77】自殺念慮や自殺ほう助の要求を察知する。治療拒否や治療中止の要求をきわめて深刻に受け止める。
■ 患者の苦痛を受け入れる。
■ 潜在的な抑うつ、薬物乱用やその他の慢性疾患を評価し、治療する。
■ 患者の意思決定能力を判断する。
■ 患者の要求を患者と共に確認して、治療計画を作成する。
■ インフォームド・コンセントを確実に行う。
■ 必要な場合には施設の倫理委員会に相談する。
■ 方針の不一致が続く場合、または患者の要求に不確定性がある場合には、弁護士に相談する。
  (エビデンス-I/Ⅲ/Ⅳ/Ⅴ;推奨度-A;パネル同意レベル-5)
 理論的根拠:急性の回復期には、患者は、しばしば自分が経験していることが受け入れられないと感じることがある。このために、医療チームのメンバーは自殺念慮に注意し、患者と率直に話し合うことが重要である。もしそのような考え方が見られれば率直かつ真摯に対応する。
 回復のプロセスや受傷後の有意義な生活へ復帰する可能性について、継続的に対話を続ける。受傷者の多くが、質の高いQOLを維持し生活を経験し、適切な対人支援や、適切な資源や機器を用いて生活していることや、身の回りのことに周囲の環境と十分に関わりを持てることを喜ばしく感じているという実情を強調すること(Bach とTilton, 1994; Hallら, 1999)。
 患者の苦しみを受け入れることは、信頼関係を築くために重要なステップである。患者に嘆き、悲しみ、喪失感、罪悪感、フラストレーション、無力感、孤独感、他人への依存などの感情を自由に話してもらうことで、自分や他人を尊重するという新たな感情や一体感が生じる。

 自殺念慮や自殺遂行は脊髄損傷患者にしばしば見られる(それぞれ15%と、10万人当たり59人)ものの、稀であり、脊髄損傷に対して起こる正常な反応であると考えるべきではない(Bombardierら, 2004; Charlifue とGerhart, 1991; Krauseら, 2000)。
 患者からの明らかな治療拒否や治療中止の要求を医療者が考慮する場合には、患者の自己決定権や、患者の利益に寄与し、病状の悪化を防ぐことが医療者の職務であるということなどをを考慮しつつ、多くの要素のバランスを取らなければならない(Kraft, 1999)。患者に利益をもたらし、病状の悪化を防ぎ、患者の自己決定能力を培い、資源を公正に活用するといういくつかの競合する責務を果たすことが最も重要である。

 1993年にPattersonらは、急性期治療の医療スタッフが四肢マヒの患者のQOLに対して個人的な偏見を抱くことや、十分な情報を持たないことが、頚髄損傷の患者が受傷直後に生活支援の中止を決めてしまうことに影響を及ぼすと 指摘した。
 急性期治療の関係者が、高位四肢マヒ患者の生活の質を著しく過小評価していることを示唆するエビデンスがある(Gerhartら、1994)。高位四肢マヒになった患者が生存していることを感謝すると考えている救急治療室のスタッフはわずか18%しかいないのに対して、実際には高位四肢マヒ患者の90%以上が生存していることに感謝していると調査データは報告している。したがって、受傷直後の生活支援中止決定に対しては、注意深く検討されなければならない。

 チームのソーシャルワーカー、心理学者、精神科医、他の精神医学専門家は、患者の抑うつの程度や絶望感を診断し、介入の勧告をするべきである(Kishiら, 2001)。生活支援の中止要求を評価する時、大うつ病は患者の自己決定能力への影響が大きいので、中止の判断から除外する必要がある。死への願望の問題を解決するためには、まず大うつ病から治療するべきであろう(Leeman, 1999)。

 もし、疼痛、抑うつ、他の急性あるいは慢性的な症状が十分に治療後に、患者が生活支援中止を望み続けるのであれば、その患者の決定能力を再検討しなければならない。
 物事を決定する能力とは、(1)選択可能な治療とその結果についての情報を理解し、(2)現在の状況での情報の役立て方を決定し、治療する場合としない場合のリスクと結果を比較考察し、(3)選択することとそれを伝えることが出来る能力をいう(Bramstedt とArroliga, 2004; Gross とKazmer, 2006; Scanlon, 2003)。
 脳障害の併存が疑われる患者、あるいは機械的人工換気を受けている患者では、不可能ではないにせよ、患者の決定能力を評価することは困難であろう(Scanlon, 2003)。
 決定能力のある患者からの生命維持治療の停止要求は、慎重に考慮されなければならない(BeauchampとChildress, 2001)。しかし、これらの議論はスタッフにとって倫理的にジレンマとなる課題であろう。医療者は、受傷後の回復期でのこのような申し出には同意できないであろう。それは、高位四肢マヒ後でも高い生活の質が得られることを多くの研究が示唆しているからである。
 また、検討中のアウトカムの重症度や不可逆性には、インフォームドコンセントの際に例外的な配慮が必要である。もし可能であれば、患者とその家族にその決定について再考する時間を与えるよう、決定を遅らせるべきである。生活支援中止への十分なインフォームドコンセントを行うために、患者がリハビリテーションに励み、同様のレベルの損傷を受けながらも社会で生活をしている人との交流を持ち、どの程度の生活の質が実現可能かを患者自身に決定させるため、病院外での生活を経験させるよう努力すべきである。
 これらのステップを踏むことなく患者が生活支援中止を主張する場合には、スタッフは、治療停止の要求にどう応じるかを決定するために、倫理顧問または倫理委員会に相談するべきである(Bramstedt とArroliga, 2004)。患者の選択が明確で揺るがなければ、生命維持療法の中止は倫理的に正当化されるであろう。患者の要求を尊重するのであれば、患者の身体的な満足だけではなく、患者、その家族とスタッフを感情的および精神的に満足させるような、双方が同意した計画を作らなければならない。このジレンマを納得のいくように解決するためには、患者が望めば家族や友人も加わる必要があるであろう。


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