国内で初、奈良に大型ピラミッド方墳 蘇我稲目の墓?

国内で初、奈良に大型ピラミッド方墳 蘇我稲目の墓?:朝日新聞デジタルより 
国内で初、奈良に大型ピラミッド方墳 蘇我稲目の墓?
塚本和人
2014年8月14日05時51分
 奈良県明日香村の都塚(みやこづか)古墳(6世紀後半ごろ)が、石を階段状に積み上げた、国内では類例のない大型方墳とみられることがわかった。村教委と関西大が13日発表した。ピラミッドのような特異な構造や天皇陵にも迫る規模から、多くの渡来人を配下に置き、天皇の外戚(がいせき)となって台頭した権力者、蘇我稲目(そがのいなめ、?~570)ら、蘇我一族の有力者の墓との見方が出ている。

 1967年の関西大の調査で2~3段に土を盛った一般的な方墳(一辺約28メートル)か円墳の可能性が指摘されていたが、今回、墳丘部の発掘で拳大~人頭大の川原石を積み上げた階段状遺構が出土し、東西約41メートル、南北約42メートルの方墳と判明した。

 2段目以上は高さ30~60センチ、幅約1メートルの平坦(へいたん)部を計5段以上、階段状に石と土を盛り重ねた構造(高さ4・5メートル以上)とみられる。同様の構造は、中国東北部から朝鮮半島北部を支配した高句麗(こうくり)の古墳との類似性が指摘されている。

 稲目は娘を天皇に嫁がせるなどして馬子(うまこ)、蝦夷(えみし)、入鹿(いるか)と続く蘇我氏全盛期の礎を築き、孫同士から聖徳太子(厩戸皇子〈うまやとのみこ〉)が生まれた。都塚の一帯は、一辺約50メートルの方墳とみられ、被葬者として馬子が有力視されている石舞台古墳(特別史跡、7世紀前半)があるなど蘇我氏の本拠地のひとつとされる。白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館館長(考古学)は「こんな特殊な構造の方墳は国内で見たことがない。蘇我一族の有力者の墓だろう」と話す。

 現地説明会は16日午前10時~午後3時。問い合わせは村教委文化財課(0744・54・2001)。(塚本和人)

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 〈都塚古墳〉 7世紀の飛鳥京の中心部から南東に約1キロ離れた尾根の先端部にある。横穴式石室(全長約12メートル)に凝灰岩をくりぬいた家形石棺が納められているが、盗掘されたとみられ、石棺内に人骨は確認されていない。67年の関西大の調査では木棺も安置されていた痕跡が見つかった。副葬品には土師器(はじき)や須恵器、鉄鏃(てつぞく)などの鉄製品があった。

階段状の方墳に専門家「見たことない」 渡来文化影響か:朝日新聞デジタルより
階段状の方墳に専門家「見たことない」 渡来文化影響か
塚本和人、編集委員・今井邦彦
2014年8月14日06時33分
 石を階段状に積み上げた様は、まるでピラミッド。奈良県明日香村の都塚(みやこづか)古墳(6世紀後半ごろ)が、国内では類例のない構造を持つ大型方墳とわかった。研究者は、朝鮮半島の先進文化をもたらした渡来人との関わりが強い蘇我稲目(そがのいなめ=?~570)ら、大豪族の蘇我氏に注目する。

 「最初は棚田の一部かと思った。これまで見たことがない構造だ」。石を積んだ階段状遺構を確認した明日香村教委の西光(さいこう)慎治調整員が、振り返る。

■蘇我稲目、渡来人とつながり

 被葬者として、研究者がまず指摘するのが稲目だ。

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